ユリウス
廻廊に差し掛かると賑やかな声が聞こえてきた。そういえば王妃主宰のガーデンパーティーがあったなと、ユリウスは思い出した。
植木の向こうから令嬢達の華やいだ話し声が近づいてくる。聞き覚えのある声にユリウスは思わず立ち止まった。エリアーヌの声だ。どうやら騎士団の話題のようで、話しができて感激したという内容が聞き取れた。
ユリウスはため息をついた。正直、エリアーヌは幼いと思う。年齢を考慮すれば年相応ではあるが、エリアーヌは侯爵家の令嬢なのだ。今は大目に見てもらえていても、いずれそうはいかなくなる。この先は更に厳しく見られるだろう。そうなれば傷つくのはエリアーヌ本人だ。
完璧な令嬢と評価を受けている、キャロラインのようになって欲しいとは思ってはいない。エリアーヌなりに自衛や対処法を身につけて欲しいと思っているのだ。
またひとつ、ユリウスはため息をついた。
自分には剣の腕があるわけではない。知識や経験を教えることでエリアーヌを助けることしか出来ない。
賑やかな声は廻廊の終わりまで続いた。
「なあ、婚約者と会ってる?」
同期のアンドレが話しかけてきた。
「この書類を見ての発言か?」
ユリウスはアンドレを睨みつける。机の上にはまだ目を通していない書類が山のように積まれている。しかしアンドレはユリウスの凄みを全く気にもとめず、話を続ける。
「だよなあ。仕事は待ってくれないよな。あ、女もか」
「解決したなら仕事へ戻れ」
「いやいや、してないから」
ユリウスはため息をついてペンを置く。それで?と視線を送る。
「どっちが大事かと聞かれたら、当然、彼女を選ぶわけだ。でも実際会えていない。で、堂々巡りになるんだ」
そう言ってアンドレは片眉を上げる。ユリウスの考えを聞きたいらしい。
「では断ち切るしかないな」
ユリウスは一束の書類をアンドレに差し出す。
「誤字脱字を減らせばもっと会えるだろう」
うへぇと声を漏らしてアンドレは書類を受け取った。
「ちなみに聞かれたことは?」
「ないな」
「ないのかー。ご理解がおありのようで…」
理解があるというよりは、そもそもエリアーヌは自分に会いたいと思ってはいないだろう。この前、エリアーヌに対して厳しい事を言った自覚もある。せめて自分が側にいない時くらいは、エリアーヌに笑っていて欲しい、とユリウスは思う。
アンドレの関心は薄れたようで、今は真面目に机に向かっている。単純に愚痴を言う仲間が欲しかったのかもしれない。ユリウスも書類に向き直った。