クリストフ
「うわあ、圧巻だなあ」
待機所から会場を覗き見している同僚のブルーノは声をあげた。遠くから、ひぃと悲鳴が聞こえてくる。
「おい、皆を緊張させるな。そして覗くな」
クリストフは注意するが、ブルーノは「いいじゃないですかあ」と止めそうにない。
今日は陛下の御前で、騎士団が演習を披露する特別な日だ。見学席も設けられ、続々と貴族が集まって来ている。貴族の目に留まれば護衛として雇ってもらえることがある。高収入を手にするチャンスでもある。
「そうだな。これ以上不安を煽って、俺の寿命を縮めてくれるな」
団長のホルストは胸を押さえている。ミスをしたからといって咎められる事はないが、団長の立場では気が気じゃないのだろう。気張り過ぎるな、練習通りに、と団員に声をかけている。
「あ、ヴォンドル侯爵のご一家が参られましたよ」
ブルーノの声と共に会場のざわめきが一際大きくなった。
「相変わらず華やかですね」
侯爵家の次女と婚約しているクリストフへの当てつけなのか、ブルーノににっこり微笑まれても気味が悪いだけだ。「そうか」とだけ答え、クリストフはさっさとブルーノから離れた。
騎士は花形であり憧れの的だ。特に若い令嬢には人気があり、エリアーヌも友人達と一緒にはしゃいでいる。演習の披露が終われば慰労パーティーがあり、騎士と話せる機会があるのだが、エリアーヌとその友人達に騎士と話せるきっかけが欲しいと頼まれ、フリージアもこの輪の中にいる。だれだれ様が格好よかった、こういう仕草が格好いいだの、話は大いに盛り上がっている。彼女達のおしゃべりに耳を傾け、フリージアも話を楽しんだ。
一通り挨拶回りが終わったところで、ブルーノが話しかけてきた。
「僕そろそろ女の子と話したいです」
「上目遣いしても気持ち悪いだけだぞ」
クリストフはさっと背中を向けるが、それでもブルーノはあきらめない。犬のように後ろを付いてくる。
「それに行かないんですか?」
ブルーノの問いかけに、何の話だ?と思い足を止め振り返る。
「どこに?」
「婚約者様の元にですよ」
クリストフが視線を巡らせると、背の高いフリージアはすぐに見つかった。エリアーヌと他の令嬢達と一緒に話しをしていて、一人でふらふらする気配はない。
「心配ないだろ」
するとブルーノが目を見開き、ついでに大きく口も開けた。
「はああああ?何を言っているんです!?」
その顔は初めて見るブルーノの表情だった。
何をしているのだろう、とフリージアは訝しむ。クリストフは男と戯れていて、一向にこちらに近づいてこない。いつもは口うるさいというのに、婚約者である自分に挨拶をしないつもりだろうか。
そんな事を思いながら、クリストフをじっと見つめていると、隣の男がフリージアの視線に気づいたようだ。フリージアが少しだけ顎を横に振ると、男は大きく頷いて合図を返して寄越した。
「ああっ、もうっ、婚約者様が呼んでいるじゃないですか!さっ、行きましょう」
ブルーノが背中を押してくるので、クリストフはひとまずフリージアの方へ向かう。ブルーノは一体何に驚いたのだろうか。自分は何かおかしな事を言ったのだろうか。
そんな事を考えていると、興奮したブルーノが口走る。
「それにしても!最高です!あの目で蹂躙されたいっ」
ブルーノの謎の発言は聞かなかったことにしよう、とクリストフは思った。