ヴォンドル領
ようやく領地に帰ってきたというのに、フリージアは慌ただしく出掛けてしまった。一緒に見送った母は「嵐のような子ね」と、ため息をついた。フリージアは父に付き添い領内を巡っている。もはやヴォンドルでの風物詩と言っていい。行く先々のパーティーにも出席しているのだろう。
フリージアはお転婆だった。初めて領地の子と遊んだとき、男の子と一緒に小枝を剣に見立てて遊んでいた。フリージアにとって女の子と遊ぶより、男の子の遊びの方が新鮮に映ったのかもしれない。
虫取りをして草木で手を傷だらけにしたこともある。母がお転婆ぶりを嘆くと「傷をつけてごめんなさい」と言って父を笑わせた。
そしてフリージアはどこへでも行きたがり、父はどこにでも連れて行った。いつの間にか乗馬を覚え、狩猟にも参加している。フリージアのことを「男だったら」という声も聞いたことがある。
キャロラインはというとエリアーヌと母のお茶会に参加したり、領内に住む令嬢に会ったりしてのんびり過ごしていた。時折、エリアーヌと二人で敷地を散策し鳥の囀りや花畑を楽しんだり、一緒に刺繍を嗜んだりした。フリージアにとっては狭い世界かもしれないが、キャロラインは十分だと感じている。ジェラルドは仕事で各地を飛び回っており、今のところ会う予定はない。キャロラインの毎日は心穏やかだ。
領主邸は広い草原と森に囲まれており、普段はとても静かだ。少しだけ騒がしい音が聞こえるのは、父とフリージアが帰って来たからだろう。久しぶりに家族が揃う。フリージアはどんな土産話を持ち帰って来たのだろう。エリアーヌはフリージアの体験談を聞くのが大好きだ。
馬車に揺られながらユリウスは、頭を抱えていた。一体何故こんなことになってしまったのか。
領地でも心落ち着かず、王宮では溜まっていた仕事を鬼のように片付け、やはり一人で過ごすのが一番いいと、爽やかな朝を迎えた筈だった。……クリストフが押し掛けてきて「迎えにきた」と言い放つまで。
いや、ちがうだろ、フリージアが招待したいのは婚約者であるクリストフであって俺もじゃない、ちゃんと説明した、きっぱり断った。フリージアも快諾しているかは関係ない。俺は行きたくない。行かない。俺は一人で過ごすのだ。
背が高く騎士であるクリストフに両肩をがっつり掴まれれば、もはや逃げる術はなかった。いや、おかしいだろ、同じ男なのに……。
ユリウスはこれ以上、二人に関わりたくないと思っていた。この先何が待ち構えていようと、ろくなことはないだろうと思っている。
「は?」
ユリウスとクリストフの声が重なった。
領主邸にフリージアはいなかった。視察から帰る途中で馬車が壊れ到着が遅れている、と出迎えたキャロラインが説明した。二人の間に何とも言えない微妙な空気が流れる。そしてフリージアらしい展開になったと二人は思った。
エリアーヌは準備に余念がない。クリストフの話から、どうやらフリージアは海の近くの別邸に案内するつもりらしい。それで先に四人で行くことになった。別邸の周りには何もない。砂浜があって、その先に海があるだけだ。それでもいつもとは違う面子で行くことに、エリアーヌは心が踊る。ユリウスとクリストフは海を見たことがないと言っていた。二人の反応も気になる。
砂浜を歩くには低いヒールがいいわ、装いも動きやすいもので、海風は冷えるから羽織るものも必要よね、侍女にあれこれ相談するのも楽しい。
キャロラインはそわそわしていた。フリージアが帰って来るまでの代理なのだが、妙に落ち着かない。別邸とは言っても海の側にあるので、ここからは少し距離がある。いわゆる遠出と同じだ。キャロラインはフリージアのように気軽に遠出をしたことがない。海に行く、ただそれだけの事なのに子供のように浮き足立ってる。落ち着いてと自分に言い聞かせる。私は引率する立場なのよ。そう思いながら、昔エリアーヌに教えた呼吸を繰り返した。