魔女とカレーとスライム
※流行っている『ぺこりんグルメ祭』参加作品ではありません!
※ブラック展開です。
あたしゃそこら辺に居る魔女。勇者たちが来たら薬品やポーション類を売って生計を立ててるよ。でもそれだけだと生きていけないから、魔王側にもこっそりいろいろと売っている。
――――ぐうぅう。
「……腹が減ったからカレーでも作るかねぇ」
炊飯器に米をセットしておく。1時間後にたけるだろう。
庭で育てたジャガイモは、洗ったら芽を爪で取ってぶつ切りにして鍋に放り込む。ジャガイモの芽は毒薬の材料に使うよ。本当は人間の目が欲しいけどね。あれは値が高いし裏ルートがあるんだ。仕方ない。
ニンジンは、先っちょを切り落としてピーラーで皮をむく……アァ面倒くさい! でも皮はポーション作りに使える。正直に言うと、一番回復や気付け薬として効果的なのはニンニクだけどね。あと卵。
でもあたしゃ魔女。そこら辺の健康食品を作って売ったって満足しないね!
ジャガイモの芽とニンジンの皮を瓶に詰めて。と。あたしは冷蔵庫から牛肉の細切れを出してそれを手で千切りながらまな板に叩きつけた。
「ヒッヒッヒ。ストレス発散になる!」
この行為。なんかすごい魔女らしいから好きだ!
玉ねぎのみじん切り。コレをするときゃ、ゴーグルと、こよりをつける。完全防備。丸々1個を使ってやったよ。これで下準備は完了。
あたしゃ魔女だから、当然スパイスもたくさん揃えてあるよ。エスニックな香りのクミン・スパイシーなコリアンダー・色付けのターメリック……消臭にも気を付けてるからね。ローリエやクローブも入れよう。
辛いのが好きさ。だから、レッドペパーをたっぷり入れるのさ。山椒やコショウも忘れない。
「人間には少々刺激が強いかもねぇ。ヒッヒッヒ……」
あたしゃ面倒くさいのが苦手だよ。世の中の奴ぁ、具材を炒めるんだろうけど、あたしゃ、全部巨釜の中に突っ込んでひたすらかき混ぜる。
「美味しくなぁれ~美味しくなぁれ~イッヒッヒッヒ!」
ひりりと汗ばむような、刺激的で、食欲をそそる匂いが蒸気となって、部屋中に行き渡る。う~ん、早く米が炊けない物かねぇ。
「お。甘い米の香りがしてきたぞ」
炊飯器からは湯気が出ていた。これだとあと10分ぐらいで出来上がるだろう。あたしゃ、固めのご飯が好きだからね。食べ応えがあるから。それに、カレーは少しシャバシャバな方が美味しい。
――――ピーピーピーピー!
よし、米が炊けたぞ!
あたしゃこう見えて米は15分蒸らすタイプなんだ。その間もっと煮詰めて煮詰めて、
「もっと美味しくなぁれ~美味しくなぁれ~」
そう言いながら腹を鳴らす。あぁ、早く食べたい。巨釜を覗くと、ぶつ切りにしたジャガイモは程よく小さくなっていた。完全にルーと同化した玉ねぎ。ニンジンは……少し大きかったか。まぁいい。
牛肉の生々しい感じも一切しない。これは最高傑作ではないか?
「ヒッヒッヒ。さすがあたし!」
あたしが巨釜を眺めていると、匂いにつられたのか、一匹の透明なスライムが入ってきた。
「こりゃ! 出て行きなさい!」
「おなか……へった……」
衰弱しているらしい。そりゃここのフィールドに、こんなヘンテコなスライムが一匹で居たらそうなるね。でも情なんてかけないよ。あたしゃ魔女だからね。
「あたしゃ腹が減ってるんだ。出てお行き!」
「そういわれて100ケンめ……」
なんだいその物悲しそうな顔は!
あたしか、あたしが悪いってのかい?
しかも100軒も物乞いをしてたっていうのか。
「アンタはモンスターだろ! 人間から奪えば良いじゃないか」
「ぼくのふるさと。ゆうしゃたちにこわされて……うぅ……」
なるほど。コイツは雑魚スライムで、ボススライムは既に討伐されたということか。んで、棲む所が無くなってさまよってたって訳だね。
「どんな風に壊されたんだい?」
「どくガス……まかれた」
「毒ガス。それってまさか、オレンジ色の煙じゃなかったかい」
「そう。みんなとけちゃ……うぅ!」
それ、あたしが作って勇者に売った毒ガスだわ。スライム討伐がどうとか言ってたような。じゃあ……私にも一応の責任はあるのか……うーん。
グツグツと巨釜の中でカレールーが躍る。ボコボコと泡を立てていたそれを見てあたしは、「まぁ沢山あるし。少しだけは」と、スライムにカレールーを飲ませた。ちゃんと小皿に取り分けて。
スライムの食事風景は変わっている。触れた個所から吸収するようにカレーを取り込んでいた。スライムは徐々にカレー色になっていく。勿体ないことに、具材は皿に残ったまんまだ。
「おいしかった!」
なんだか満足そうだ。スライムは「このごおんはカラダでおかえしします!」と、あたしに言ってくる。
「いや、そんなの良いよ。それよりこれからどうするんだい?」
「ぼくがアナタのじょしゅになります!」
「……はい?」
それって単に居座るって言うんじゃ……。
あたしは、スライムに尋ねた。
「何のメリットがある?」
「ぼくのカラダはムゲンぞうしょくできます。ゲルスライムとしてたべてみてください。チンミです!」
「い、痛くないのかい?」
「ほんたいじゃなかったら、いたくない!」
ゲルスライム。食べたことが無い。そう言えばスライムたちは、気持ちが悪いってだけで退治されてきた。他のモンスターを襲ったとか人間に危害を加えたとかも聞かない。もしかして……、
「お互い、分身を食い合って存続してたのか?」
「はい!」
なるほどー。
ゲルスライム。これは研究の価値がありそうだ。
――――ぐうぅう。
まずは、カレーを食べよう。15分以上蒸らした米。炊飯器からは白い湯気が立っている。米を皿の左に寄せて、アツアツのルーをたっぷりかける。
スライムは茶色い姿であたしのことを見ていた。
「頂くとするかね!」
パクッ。
玉ねぎの甘味と、トロトロな食感が最高だ。スパイスの辛味を和らげるジャガイモ。そして、ホロホロのニンジン。また、噛めば噛むほど牛細切れの油の甘さを感じる。これは旨い!
ペロっと平らげてしまった。
「……ゲルスライム。いれますか?」
「え?」
スライムは分裂した。どっちが本体か分からなかったけれど、珍味好きなあたしゃ、試さずにはいられなかった。
なにせ、魔女だからね。
あたしは分身した方のスライムを巨釜に入れてぐつぐつ煮込んだ。なんだか甘い香りがする。どこか懐かしい炭酸飲料のような、シュワシュワした匂い。
「もうたべごろだとおもいます!」
「よし!」
スライムがニコニコした顔で、ゲルスライム入りカレーを頬張るあたしを見ていた。それはとても刺激的だった。視界が明るくなって、頭がはじけ飛ぶような、とてつもない感覚を味わった。唾さえ飲み込めない。
突如襲ってくる頭痛と痺れ。心臓付近がバクバクいっている。今頃気付いた。
(これは毒だ!)
倒れ込んだあたしは狭くなった視野でスライムを見た。スライムは、
「カタキはうったよ。みんな!」
そう言って、あたしの視界から居なくなった。ちくしょう……! ハメられた!