記号的女子
「ええ、ではウィリアムズさん、自己紹介を――」
「はじめまして。カノン・ウィリアムズです。気軽にカノンと呼んでください。〇〇県から引っ越してきました。よろしくお願いします……」
ある日の朝、授業前のホームルームで、転入生が紹介された。
それは、バイト仲間から聞いていたカノン・ウィリアムズその人だった。
まさかの同じ学校同じクラスかよ。
「えー、すっごいびじーん!」
「日本語上手ー! 違和感ないんだけど!」
「髪の毛綺麗~」
「スタイル良い~」
彼女は、バイト仲間達の言っていた情報通りの容姿をしていて、クラス中がその容姿を褒めたたえていたと思う。
ルックスは明らかに優れていた。手入れの行き届いた金色の長い髪。白く、それでいて血色のいい健康的な肌。整った顔立ちと彫りの深い目鼻立ち。
加えて印象に強く残る深緑色の瞳をそこに配している。
とてもクラスの女子達とは比較にならない清冽さ。俗物を寄せ付けんばかりの穢れなき容姿といった具合だった。
それに、声も落ち着いた様子で、心に響いてくるような聞き心地の良さがあった。
女子に限らず、俺ら日本人スペックとの差は歴然だった気がする。悲しいな。ていうかむしろ憐れだ。
「じゃあ、ウィリアムズさんはあそこの空いてる席に座ってくださいねー」
「はい」
しかし、転校初日から、カノンは落ち着き払った様子だった。
緊張しすぎて逆に落ち着いてる風なのか。それとも、あれがカノンにとっては普通なんだろうか。
カノンが先生に案内された席。それは、俺の左斜め前だった。
田辺が転校していってから数か月の間、一度席替えが行なわれたが、以前田辺が座っていた分の空席がちょうどそこだった。
彼女が座ると、隣に座っていた男子がすぐに声をかけた。
「俺、山岸! よろしくね、カノンさん!」
「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
俺の前に座っていた山岸が、横を向きながら楽しそうにしている。山岸は運動部に所属しているフツメンの明るい性格の男子だが、明るいがゆえに多少うっとおしい所がある。
しっかし、わかりやすいよな男子って。あ、ていうか俺も男の子でした。
それからも、しばらくカノンは山岸から、もっと言えばクラス中から注目を浴び続けた。
彼女が授業中に指名されれば、おっ! と皆が身構えたし、立ち上がれば皆で、おっ! となって歩けば皆、おっ! となった。
クラスメイトが全員セイウチになってしまった事へ惜しみない悲しみの念を抱いた俺だったが、カノンさんの登場で差し引きゼロだな。目の保養になる。
まさに、立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。カノンのためのことわざかと思うくらい、彼女はそこで体現していた。
そんな空気がしばらく続いていた。ただ一か月経っても、俺は未だにカノンと話した事がなかった。別に転校生だから興味を持ってみるだとか、ルックスが良いから近寄ってみるだとか、そういう感情もなかった。
かといって、斜に構えてるわけじゃない。そもそも、俺は誰とも仲良くなんてないからな。カノンとも同じというだけだ。
他のクラスメイトと俺がそうであるように、平行線状態。
交わる事も、遠ざかる事もないんだよ。いや遠ざかる事はあるかもしれない。もちろん無自覚的に。
一か月。その頃くらいから、次第にカノンの周囲にも変化が現れた。
カノンは、クラスメイト達のどのグループにも属さない様子だった。たまにクラスメイトから声を掛けられたりはしていたけど、それはそれで「私はこれで大丈夫」「私は別にいいかな」などとあしらう風で、輪の中にいながら輪に溶け込まない。
まさしく、水と油状態。どっちが水でどっちが油かはわからないが、相容れない様子のままだった。
やっぱり転校生って、コミュ力無いときついのかもしれない。
すでに出来上がった輪に溶け込むのって、結構難易度高いからな。
チャレンジした事ないから俺は知らないが、それらを踏まえて、俺の中である仮説がたっていたのは事実だった。
「カノンは、コミュ力が低いのかもしれない」と。
俺もコミュ力が高いわけではないから、自己紹介の時からなんとなく察していた。
彼女には似たような不器用さを感じる。
そんな風に見えてきていたある日の事だった。
「木下~。悪いんだけど現国の宿題、移させてくんね?」
俺の前に座っていた山岸が、ぱしっと両手を合わせてそんなお願いをしてきた。
これは、最近ではいつもの事だった。
山岸は、そんなに悪い奴じゃないと思うが、いつも俺に宿題を移させてくれと頼みこんでくる熱心な祈祷者だった。しかし拝むなよ。俺は偶像か。
「はいよ」
「サンキュー! 助かるわ~」
席替えする以前までなら、たぶん他の偶像に祈祷していたんだろう。
そして今度の偶像は俺らしい。やれやれだぜ。しかし関心しない。軽々しく席替えで鞍替えか。そんな安物の信仰心は褒められたもんじゃないが、別に貸す事を拒むほど意地悪するつもりはない。
さくっと貸してやった。
「……」
そんなやり取りを、じっと見ている奴がいた。
無論、山岸の隣に凛として座っていた芍薬の花・カノンだった。
いやそんなジロジロ見られてもな。悪い事してるっぽいじゃん。
深い緑色のその目でじっと見つめられていると、いわれのない罪悪感のようなものが湧き出てくる。何か言いたいんだろうか……?
「……フッ」
こちらを見つめていたカノンが一瞬、笑みをこぼしたように見えた。
「え?」
なんで俺は今笑われたんだ?
ほんの小さな笑みだったため、山岸は気が付いていないようだったが、俺からはガッツリ見えていた。笑われた理由もわからず、そのまま十分の休憩が終わり、授業が始まろうとしていた。
「山岸、タイムアップだ」
「だぁーっ! まだ全然書けてねーよ!」
「安い信仰心のせいだな」
「え? 信仰心?」
俺は、困惑する山岸からノートを受け取った。ああ~お慈悲を~、なんて気の抜けそうな声がとんできたが、気にする事はない。というかそもそも自分でやれ。そして、困惑しろ。俺だって今、転校生の小さな笑みに絶賛困惑中なんだ。
その日の昼休みの事だった。
俺の左斜め前の席に座るカノンは、誰とつるむでもなく一人で黙々と昼食を取っていた。一人ぼっちで孤高を気取ってるのか? あ、それは俺でしたね。
昼食といっても、彼女の机にあったのは小さなサンドイッチとパック牛乳だけ。購買で買えるロープライスの組み合わせだな。学生の財布にもっとも優しい献立と言える。
しかし、そんなんでお昼足りるのか?
とかそんな余計な事も考えていたんだが、別に俺は話しかけるつもりもなかった。ただ、さっきの笑みだけが少し気になっていた。
それでも、今日もこいつと俺は平行線で、一か月経とうが関係ないだろうなと思っていた。だが、俺が自分用に買っておいたカレーパンを「はふっ」と頬張ったその時だった。
「木下くん」
「ほふっ?」
いきなりカノンがこちらへ振り返り、斜め後方の俺に話しかけてきた。
俺の口には思いっきりカレーパンが含まれている。こんな状態でまともな言葉を返せるわけもなく、変な返事になってしまった。なんて声ださせんだよ。
「ふふっ…ごめんなさい。でも、木下くんてあなたでしょ?」
「んぐ、……な、なんだよ、急に」
俺は、なんとか口に入れていた分のパンを飲み込んで、話に応じた。
「今日少し話せないかな?」
「……」
本当に日本人と遜色ないくらい普通の日本語話すんだな。とか思いつつ、俺はその誘いの返事をした。
「ここで言えない話なのかよ?」
「ここで言いたくないんだよ。だからそう提案してるんだよ」
カノンは、とても落ち着いていた。
声質も、ビジュアルもスタイルも、全部色々と高スペックなのに凡庸のかたまりみたいな俺に用事とかあるのか?
なんかこえーよ……。
俺はカノンの提案に従う事にした。というか、ここで拒むと、なんとなく揉めそうな気がした。昼休みで、教室には他の連中もいたし、俺とこいつがなんか話してるな、という認識くらいは持たれていたと思う。
さすがに会話の中身までは聞かれていなかったと思うが、拒んだ結果、カノンがいきなり声のボリュームをあげないとも限らない。
やんややんや言われたくない。カノンからも、周りからも。
とっさにそう思ってしまった俺は、その提案に従うしかなかった。
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