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美術室で待て

 翌日になって学校へ行くと、すでに教室に田辺がいた。

「おはよう、木下」

「おう」


 もう田辺は俺と話す事に小慣れた様子だった。

 長年の付き合いかのように自然な流れで挨拶を交わし、軽々と手もあげるサービス付き。


 挨拶を交わすと、俺達は日直の朝の仕事を機械的にこなし始めた。

 黒板消しを綺麗にする以外にも、ミニ黒板の時間割修正、後ろにあるロッカーや本棚の整理整頓。その他諸々、教室の美化に努める事全般が仕事である。

 そんな仕事をこなしていると、唐突に田辺が話しかけてきた。


「木下、どうしたの? そういえば目の下に濃いクマできてるけど大丈夫? 殴られた?」

 誰にだよ。そんなに喧嘩っ早い男に見えてたのか、俺。

 田辺はあくまで心配してる風だが、本心じゃ馬鹿にされてるような気もする。

「大体お前のせいだな」

「?」


 田辺にそう告げると、俺は今でも昨日の事を思い出しそうになった。

 キスナの絶叫が、上から下へ貫いたあの記憶。

 やめってぇえぇ!

 ……はぁ、俺も朝からこんな想像したくないんだが、嫌でも思い出してしまうわけだ。


「あ! も・し・か・し・て~、私の魂の叫びを聞いたの? へっへっへ~」

 俺の様子で何かを察した田辺は、口元に手を当ててにやにやしている。


「ああ……その、もしかして、だ」

「へぇ~! あれをちゃんと最後まで読めるだなんて、木下には才能があるね!」

「いや最後まで読んでねぇよ……」


 何の才能だよ。

 あってもいらねぇだろ。むしろ読んだ事後悔してるってのに。


「ええ⁉ なんで⁉ 一ページ目から熱い展開だったでしょ?」

「いや、わかんねぇけど……とりあえず読んでる時は困惑困惑で戸惑いの波状攻撃。泥水の中をほふく前進するくらい辛かったわ」


「ええ~……そんなに⁉ なんで? ねぇ、なんで⁉」

「わ! た、田辺、制服伸びるから! 伸びっからやめろぉ!」


 田辺は、俺の制服を引っ張って駄々をこねるようにして言った。

 子供がお母さんにするような駄々のこね方だが、力は全然子供じゃない。


「と、とりあえず今カバンに入ってるから、返しとくわ。あといい加減離せッ」

 強引に田辺の手を制服から引きはがすと、俺はカバンの中に手を入れて同人誌を探した。


「まぁ、いいけどー……。それで、読んだ感想は?」

「感想っていうか、とんでもないぞ、あれ」


 そう言ってから、俺は田辺の激アツ同人誌をカバンから抜き取り、返却してやった。


「でしょ⁉ やっぱり私の力作はすごいんだよな~」

 いやそっちじゃねぇよ。そっちに勘違いできるのもある意味才能だな。


「全然ダメだ。冒頭から山場持ってきてて、わけわからなかったわ。困惑したって言っただろ? エロ本にも一応流れってあるだろが」

「え~、それが斬新なんじゃん! わかってないなぁ~」


 田辺は、はぁ~と溜め息をつきながら、黒板消しを綺麗にしていた。

 すごい。田辺がちゃんと日直の仕事を理解している。感動だ。


「斬新って、ある程度基本抑えないと使えないものじゃねぇの?」

「基本て?」

「ほら、起承転結とか序破急みたいな、基本的なもの」

「なるほどね~。ていうか、それ、この前お店で話してたあの木下が言う言葉なの?」


 まぁ、それ言われると痛いけどな。

 でも基本を崩していいのは、基本をきっちり扱える人間だけじゃないのか。


「けど読んでる人が混乱するような書き方はよくないだろ? 何のために書いてんだよ」

「え~。私そんなに混乱させてたかなぁ?」


 こういう無自覚が一番良くないな。冒頭からあんあん言われて混乱しないとか、どんな性欲おばけだよ。もう病気だよそれは。


「まず、俺に召喚少女の前提知識が無いからな。それもあるのかもしれないが」

「これ、本編見てればわかるんだけどなぁ~」

「どういうところからの話だったんだ? ていうか、そもそもあれ、ifルート物なのか?」

「そうだね~。まぁ、本編のifって感じかな? これ話すと長くなっちゃうけど」

「いいや、話は今度な」


 そう言って、俺は田辺の話を先延ばしにした。

 ここでなんで俺は断らないんだろうな。俺も、俺がよくわからない。

 今度な、とか言うと、無駄に次回話してくれって言ってるように聞こえる。

 別に田辺に話してほしいとか、望んだ覚えないのに、なんとなくそう言ってしまった。


「うーん。じゃあ今日ちょっと放課後、美術室きてよ~」

「え?」

 なんで美術室……? と一瞬思ったが、そういえば田辺は美術部員だったな。


「嫌なんだ?」

「他の生徒いるんだろ? 嫌だし、それは」

「……」


 ……なんだ?

 ……一体なんで田辺は黙ってるんだ?


「大体、この前喫茶店で話したのだって、学校で見られると良くないからって理由だっただろ」

「まぁ、そうだね! いいや、じゃあ明日にしよう! 明日なら美術部おやすみだし」


 文化系の部活動は週一で活動がお休みだもんな。

 そういえばそうだ。それを先に言いなさい。


「そうか。じゃあ、明日にするか」

「かっかっか! 明日の放課後、私は先に美術室で待っているのだよ、木下君っ!」

「同じクラスだから、先もクソもねーけどな」


 それから、俺達は急いで朝の日直の仕事を終わらせた。

 田辺から「美術室」という単語を聞くまですっかり忘れていたが、俺はこの学校の美術室に行った事がなかった。


 鴨高校は芸術科目が選択式で、取っていない科目については本当に関わらなかった。俺が美術を選んだ事は一度もない。

 選んでいれば、田辺とももっと早く出会ってしまっていたんだろうな。

 別の科目を選んでいたから、これだけ出会いが遅くなったんだ。

 くわばらくわばら。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 翌日、授業が終わってから、俺は美術室へ向かった。

 途中、美術室へどう行けばいいのかわからなくなっていた。


 何しろ今まで行く用事がなかった。興味もなかった。どうでもよかった。

 そんな三重苦のせいで、俺は当てどもなく校内をさまようしかなかった。


 同級生や同学年に聞くのもためらいがあった。不用意に聞こうとした日には、「ええ⁉ なんで一年以上も通ってる学校の美術室を知らないのぉ~⁉」なんて引かれかねない。


 それだけはなるべく避けたい鴨高生の無駄なプライドがあった。

 そして結局、二年生の俺が、なぜかたまたま通りがかった一年生に美術室の場所を聞くという、前代未聞の辱しめを受けたのは内緒である。


 ようやく美術室に辿り着いたが、田辺の言う通り、部屋には誰もいなかった。

 おい、田辺どこいった。


「田辺までいねぇじゃん……」


 なんだ。新手のいじめだったのか……? すっかり騙されたな、これは。

 田辺の俳優っぷりには敬服する。


「帰ろう。バイト先に電話して、今日シフト入れるか聞いてみるか」

 そう独り言を吐き捨てて、美術室を後にし、階段で降りようとしたその時だった。


「ちょおぉぉーっと待つんだあぁぁぁ! 木下少ねぇぇぇん!」


 ――ドンッ。


「うっわっ! 落ちる落ちる! あっぶな!」


 帰ろうとしていた俺の背中に、突如現れた田辺が激しいタックルを決めてくる。

 階段から落ちたらどうすんだよ。一瞬走馬燈見えたぞ。


「待ちなさい! あなたは美術室に用事があるはずですよ、勇者木下ぁ!」

「はぁ……お前が遅いんだろ?」

「早く戻りなさい! 戻らないと、明日この学校が消えてなくなってしまうのですよ!」


 どういうシステムで消えるんだよ。無茶苦茶な事言いやがって。

 あとノリで学校消すな。


「わかった。わかったから。戻るから。だから学校を消すな」


「フフフッ……それでよしよし」

 田辺がにやにやしている。結構いい感じに気持ち悪い。


「はぁ……。けどさっきのタックル、マジで腰痛めるかもしれないからやめろよな」

「はい先生ー」


 少年になったり、勇者になったり、先生になったり。

 俺忙しいのな。気が付いたらパラレルワーカーじゃん。職業不定じゃん。


「それで、なんの用事だっけ?」

 田辺はきょとんとした様子で俺に尋ねてきた。

「はぁ……召喚少女の話だろ? あの同人誌が本編に絡んでうんたらかんたらって」

「それだった! 木下って、まだあの本編見てないんだよね?」

「そうだな」


 俺と田辺は、美術室に入ると最後尾の席に横並びで座った。

 先に田辺が一番窓際の席に座り、その横の席に俺。


 田辺の前の席に座るという選択肢はない。前後の席で向かい合うのは、思いのほか距離が近くなる可能性がある。よって、毒牙にかかる可能性も高くなる。防衛線はしっかりしておかないとな。


「木下、ネタバレとか大丈夫?」

「もうお前から少しずつだけどネタバレしてるからな」

「それもそうか」

「まぁ、気にせずに話したいように話してくれよ」


「うん。あれはアニメ本編のラスト、12話で、エリカがキスナを助けようとするシーンのifなんだよね~」

「へぇー。結局、本編で主人公はキスナと会うのか」


 まず俺は本編知らないからな。


「そう。けどそれがすっごい淡泊でさー。つまんないから変えたかったんだ~。ストーリー的には、キスナが「悪」に殺されそうになって絶対絶命! みたいなとこまでが一緒なんだよ。でもそこで、エリカの召喚した奴が、実は淫らな行為大好きな奴で、キスナの〇〇〇を××して、壊れたマーライオンみたいに〇〇〇が×××、挙句の果てに◇◇◇! それでそこから二人とも――」


「待て待て! さすがに待て!」


 本当に待ってください。情報の処理が追い付かないのと、色々突っ込み所多くて動悸が激しくなった。俺にはちょっとキャパオーバーだ。


「え?」

「え? じゃねぇよ! 本編て、テレビで放送されてたアニメなんだろ?」

「そうだよ?」

 田辺はケロっとしている。エロ耐性すごいな、田辺。並みじゃないな。


「本編! まずは本編の話からして⁉」

「そう? まぁ、そっちの方がしっかり理解できるからいっか! いやぁ~木下、頭いいじゃん!」


 なんでifストーリーから語れると思ったんだこいつ。

 だから早く本編。田辺のifで汚れた俺を本編で浄化してくれ。


「原作のアニメのほうね。キスナが「悪」に殺されそうになって絶体絶命! その場面でエリカがやってくるんだけど、結論から言うと、その時エリカはキスナを救えなかったんだよね」


「そうなのか? エリカだって「悪魔」を召喚できるんだろ?」

「召喚少女は、他の召喚少女のために「悪」を召喚する事ができないっていう設定で……」

「へぇー」


 なんか、どこかで見た事あるような設定だな。

 既視感というか、あるあるというか……。


「召喚できなくはないんだけど、そうすると召喚した側が死んじゃうんだよ。だから実質できないっていうか。エリカが死んでしまう事になるからね~」

「ジレンマに立たされるって感じなのか」

「そう! 歯痒すぎるでしょ~?」


 田辺はそう言って、ううう~と苦しそうな、辛そうな表情で両手を頭に当てている。本当表情豊かだな、田辺。見てて飽きないってこの事だな。


「で、なんで田辺の同人誌は、そこで「淫らな行為大好きな奴」を召喚する事になるんだよ?」

 もはや「奴」だしな。悪魔どこいったよ。


「エリカはキスナを助けたいんだよ本当は! でもキスナは、エリカに生きててほしいんだよ! 二人の気持ちが交差して、そして、そして……生まれるものがあるんだよ!」


 やめろ!

 それ以上具体的な表現にしたら絶対まずかった。


「そうか。一応最後、青春漫画っぽくぼかしたんだな。偉いじゃん」

「そうだろ? 私もこれでクリエイターの端くれだな!」


 なんで誇らしげなんだろう。

 嗚呼、なんで田辺は田辺なんだろう。こんな女子高生もいるんだな。



「そういえば、ここって美術室だよな」


 ふと、周囲を見渡してそんな切り出し方をしてみた。


「そうだね。私の部室でもある」

「田辺は何描いてるんだよ」

「私の作品に興味があるのかい?」


 むふっ♡ みたいな顔しているが、それは可愛い女子にだけ許される表情だ。

 それか、色っぽいお姉さま系女子が、相手にすり寄る時にする奴だ。

 一般そこそこ系女子のお前は、爽やかにハハッ!て笑っておけば及第点だと思う。


「興味あるわ。だってお前、絵うまいからな」

「なーにー? 口説いてるのかな? むふんっ」


 誰が、誰をだよ。田辺の頬に朱がさしている。熱でもあるんだろうか。いや、あってもおかしくない。こいつなら。


「もういいわ。帰る。じゃあな」

「あ! あぁ~! 待ってくれ! 待ってくれよ、木下ぁぁ~!」


「うわっ、なんだっ! たっ田辺おい、やめろ!」


 制服の腰を掴むな! やっぱり変態だったか! もちろん気付いてた!


「お前のことはもう見捨てた! 俺は自由に生きさせてもらう‼」


「教える教える! 私が描いたの教えるから~、待ってくれぇ~、ヒェ~」


 田辺の新しい鳴き声が背後から響いてきたが、突っ込む暇はない。


「うおっ! ち、力があんなお前!」


 しかし強引な田辺によって引き留められた俺は、仕方なく美術室の元の席に座った。

 案外、力が強かった。驚くわこんなん。


 それから田辺は、部屋の隅に立て掛けられた画板の方で、ごちゃごちゃと何かやっている。

 どうやらあのあたりに田辺の絵があるらしい。


 もうだんだん外も夕暮れ色に染まりだして、烏の鳴き声なんかが遠くから聞こえてくる。

 俺は一体何してるんだろうな。そういえば、明日金曜日でバイトなんだよな。

 そんな事を考えながら、窓の外の景色を見ていた。


 今日バイトだったらよかったのに。

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宜しくお願いします。

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