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喫茶店で興奮しないで

「あ、居た居た! すっぽかされるかと思ったわー」

「すっぽかした方が、後々めんどくさそうだからな」

「うわ、ひっどいな~。木下って、中学の時も友達いなかったでしょっ」


 田辺はケラケラと笑っていた。

 学校で見せた、私はあなたの仲間なのよ作戦はどうしたんだよ。


「ていうか、お前美術部だったんだな」

「そうだよ? 何か問題でも?」


 そう言いながら、田辺は俺が先に座っていたテーブル席の斜め向かいに座った。


「いや問題ねぇけど。何? 将来画家にでもなりたいのか?」

「え、そんなつもりじゃないけど⁉ ぷふふっ、発想が極端すぎんだけど?」


 そう笑いながら田辺は返答する。


「美術部に入る奴の気持ちとか知らないからな」

「じゃあ野球部入ってる男子は、皆プロ野球選手目指すの?」

「そんなわけないだろ」

「それと同じじゃん! なんで美術部だけ一人残らず画家だよ‼」


 芸人みたいなツッコミをかましてくる田辺だった。

 こうして一対一で話してみると、田辺は案外気さくな奴だなと思えてきた。

 ただ女性らしさはほぼ無くて、色気も全然ないような奴だった。


 斜め向かいの席に田辺が座っているが、今のところドキドキした気持ちの一つも生まれない。女子と密会してるはずなのに、毛ほども思春期スイッチが入らない。

 田辺の身体は、特別起伏も何も無く、ストーンて感じでまぁ慎ましい。

 差し当たり女性らしさは声のトーンくらいなものだった。


 というか、俺としてはもうほとんど男子と話してる感覚。


「それで、学校で言ってたアニメってなんだよ」

「木下は知らないかもしれないけど、「召喚少女とデッドモンドヘヴンズ」っていう、女の子が主人公のアニメなんだよねぇ」


「名前くらいは知ってる」

 いや、本当はあらすじも登場人物も知ってるよ?

 だが昨日知ったばかりだし、実質知らないようなものだ。


「あ、そうだったん?」

「内容は良く知らないけど、タイトルからして二番煎じな感じだろ」

 うむ。あくまで知らない体を取ろう。


「うーん。ネットの評価だと、そこまで二番煎じだとは思われてないみたいだけど?」

「俺は二番煎じ感バリバリなんだよ。そもそも「なんたら少女」の時点で減点だわ」

「厳しいな~。ただの言葉狩りじゃん!」

「狩られるほど蔓延する方が悪い」

「えー、面白いのになぁ」


 それから、田辺は俺にその召喚少女のあらすじを説明した。

 俺が書店で読んだあらすじと、ほぼ同等の内容。


「どこにでもありそうな復讐劇じゃん」

 俺はこのセリフを言った時、少しくらい田辺が怒るなり凹むなり、何かしら激しい感情を見せるものだと思っていた。しかし、反応は予想よりもずっと薄いものだった。


「まぁ、一次はねー」

 田辺は、スマホをいじりながらそう言った。落ち着き払った声の調子である。


「一次?」

「この作品、公式の設定がかーなりスカスカなんだよねぇ」


 かなりをカーナビみたいに言ってくる。

 そんな新人類の田辺だったが、公式設定スーカスカのそんなアニメに、どうやら現在ハマっているらしい。そのハマっているものを俺に「どこにでもありそう」と批評されたところで、あまり感情的にはならないようだった。

 意外と、少し引いた所で物を考える奴なんだなと思った。


「そんなにスカスカなのか?」

「うん。ストーリーの大筋に絡まないキャラの情報とか、本当に公開されてない部分が多くてね。というか、未設定なんだと思う。まず主人公の家族だけど、両親は事故で亡くなってて、妹も名前が出てくるだけ。全然妹が顔出さないんだよね。出しても一回二回? それで謎のマンションに姉妹で住んでるんだけど、家賃どうやって稼いでんのってくらい二人とも普通に学生学生してるのよ」


「家賃とか生活費は、親の遺産からじゃね?」

「特にそういう情報もないから、皆妄想するんだよね」

「ああ。二次創作って奴だろ。原作に色々肉付けしたり改変したり」

「なんだ、木下も二次創作知ってるんじゃ~ん」


 俺が二次創作について言及すると、田辺は「やればできんじゃ~ん」みたいなノリでそんな事を言ってきた。


「まぁ、前まで結構色んなアニメ見てたしな。そういう界隈がある事くらいは知ってるわ」

「じゃあ楽しさも知ってるんでしょ?」

「二次創作の楽しさ? 別に知らないわけじゃないが」


「わけじゃないが、何?」

「田辺みたいに熱を入れるほどじゃねぇよなって」

「そんな事ないよ⁉ 超熱入れるからね⁉」


 田辺の話す速度が急に上がり始めた。声のボリュームも上がってる気がする。

 どういう事だよ。二次創作に興奮してんのか?


「二次創作はこの世の楽園なんだよ⁉ 自由な発想で色んなキャラをあっちにやったりこっちにやったり……もうそれがたまらない事くらい、わかるでしょ⁉」


 田辺は思いっきり興奮していた。両手でバンッとテーブルを叩き、息を荒げている。

 それまで居なかったはずの店員さんが、なぜかカウンターからこっちを見ていて驚いた。嗚呼田辺、あんまりうるさいとつまみ出されるからやめてくれ。


「あー……楽しそうだね」

「なんでそんな反応薄いんだよ!」


 田辺のテンションに比べ、明かに俺のテンションは不釣り合いだった。

 どうやらこの温度差にご不満らしい。


「そう言われてもな……。癖が多少強いくらいじゃありきたりだし、ありきたりな物はつまらないだろ? そもそも二次創作って単語自体が、二番煎じに近い意味だろ。原作が無きゃ何も出来ないって事じゃねーか」


 これは、俺が最近アニメや漫画を見て感じていた気持ちそのものだった。

 二番煎じと二次創作は明らかに意味が違うのだが、構造としてはすごく似てるのかもしれない。


「うーん……。二次創作が原作ありきなのは認めるよ? けどその原作者だって、過去のアニメ作品とか、他のエンタメから大きく影響受けて、それで原作を作ってるわけでしょ! 言ってみたら、原作も二次創作って事になるんじゃない?」


 田辺は独自の視点から、二次創作について熱く語り始めた。


「原作の捉え方を考え直すと、まぁそれは一理あるのか……? しかしアンチ著作権みたいな話になってきたな……」

「木下が言い出したことだからね⁉」

「俺は、原作が二次創作と同等だとか、そんな過激発言した覚えはねーよ」

「だって影響を受けるってそういう事でしょ?」


「田辺は極論すぎ。そう考えると、著作権ってなんだよってなってくるだろ」


「まぁね……。でもさぁ~実際そうじゃない? だって自分が作った物を「これは完全オリジナルでーす! ゼロから生み出しましたぁ!」って主張してるように聞こえてくるし」


「ゼロから生み出したは無理があるよな。それはわかる」

 俺も少し感じた事のある話だった。


「うんうん! だってそもそも「魔法」とか「召喚」って、あくまで空想上の物で、現実に無かったものでしょ? それを世間に広めた人が、そもそもの著作権を持ってるわけだから、既にその辺の単語とか設定とか使った時点で、あなたのそれは二次創作じゃんってなるよ?」


「……まぁな。著作権どうこうとか言ってるのって、ちょっとむずがゆいっていうか……一人で大きくなったような顔してる感あるよな」


「そうでしょ⁉ だからこれは二次創作なんですって潔く認めて創作活動するほうが、原作も二次創作の同人誌も、気持ち良いと思うんだけどな~」



「そういう事なのか? 潔く認めて気持ち良く活動したいから、それで田辺は二次創作に熱を入れてると」


「もちろんこの「召喚少女」ってコンテンツに、妄想の余地がありすぎて楽しいってのも大きいけどね!」


 そう言って、田辺はスマホに映し出された召喚少女の公式ウェブサイトを俺に見せてきた。この会話中、色々見ていたらしい。


 画面内の主人公らしき少女は、向かって右側の見切れた所にむかって、えいやとばかりに杖のようなものを振っている。この子えいやが多いよ、えいやが。



「妄想の余地……」

「妄想の余地だよ! 空白を妄想で埋めていくんだよ! それが楽しいんだよ。過去の話とか未来の話でっちあげて、好きなキャラで好きな展開を繰り広げる! そこには無限の可能性が秘められてるんだよな~!」


 自分のスマホを胸元に持っていき、それを両手でがっしりと握りこむ田辺。

 御祈りでも始めそうなポージングだった。なんか上から光が差してきて、そのまま天に召されそうだな。いや、いっそ召されてくれていい。


「なんというか、話聞いてると原作をたたき台として扱ってないか?」

「原作を叩いてるつもりないけど? 大体、原作叩く人が二次創作なんてするわけないじゃん!」


 俺の言葉が、微妙に誤解されているようだった。


「いや、すまん。そういう意味のたたき台じゃなくて。……とりあえず不完全でいいから、何か二次創作の対象になるための物体って意味のほうな。あとはこっちで煮るなり焼くなり試してみるから、材料だけくださいっていうか……。ストーリーの大筋一本立ってれば、キャラとか設定の部分はふわ~っとしてていい、みたいな」



 俺は、身振り手振りでなんとか田辺に内容を伝えようとした。

 両手でふわふわとした「雲」のような形を再現してみようと試みたんだが、俺はあまりジェスチャーが得意じゃなかった事を思い出した。話にのめり込んでしまって、自然と失念していた。

 ただただ挙動不審な男が、ここに爆誕してしまった。



「あっはっは! 何その手っ。そこまでふわふわだと、取っ掛かりがなくて困惑するけどね。まぁ、そういうたたき台を欲してる部分は否定できないと思うよ?」


 スーカスカな原作を妄想で塗り固めている田辺を見ていると、俺はそれが、ただ不毛な作業でしかないんだという気がしてくる。


 当てる必要のない所にスポットを当てて楽しんでます、みたいなそういう世界。

 完全自己満足の世界だ。

 でもそれが楽しいんだろうな。


 話してる時の田辺は、妙にワクワクしているみたいだった。それこそ男子小学生がカブトムシ捕まえた、くらいなワクワク感。それくらい迸っている。


 けど、原作も二次創作と同じようなものだという田辺の主張は、少し面白いなと感じた。

 確かにそうなんだよな。

 原作原作と言っても、結局過去の要素の掛け合わせや、発想の角度とか色を変えてみているだけでしかないんだ。


 田辺の意見は面白かったと思う。

 俺と似たような事感じてる奴が、他にもいたんだなと思った。

 今日ここで話せて楽しかった。


「なんか、今日ここで話せて楽しかった!」

「え? あ、ああ。そうだな」


 俺は、田辺に心を見透かされているのかと思った。

 俺が今感じて思っていた事を、そのまま読み上げられたかのようだ。

 実は心が読めるのか? まさかな。そんなサイキッカーな女子だとは思いたくない。


「そういえば何も頼んでなかった!」

 田辺は能天気に笑いながらそう言って、脇に挿してあったメニュー表を手に取りペラペラとめくっていった。


 それから大して悩むこともなく、お店の人にジュースを注文した。

 パッションフルーツジュースとかいう、俺には耳馴染みのない謎の物体をしぼった飲み物だ。

 頼んでから少しすると、おしゃれなグラスに入ったその黄色いなんたらフルーツジュースを、お店の人が持ってきてくれた。


 お店の人はブロンドヘアの似合う若くて綺麗な外国人だった。やっぱりこ洒落たカフェには、こういうこ洒落た店員さんがいるもんだよな、とそう思った。

 田辺の頼んだそのジュースが運ばれてきた時、少しだけその香りが俺の鼻先に漂ってきた。飲んでもいないが、スッとする香りの飲み物だという事だけはわかった。


「っはー。普通においしい~」


 飲み終わった田辺を見て思う。目の前の女子が、謎の飲み物飲んで謎の感想を言っている。とても謎の多い絵面だな。


「なんだそれ。普通なのかおいしいのか、わかんないだろ」

「え?……ぷふっ。本当、木下って変わってるよねぇ」

「え、ああ。それはどうも」


 俺は知っている。

 こういう場面の「変わってるよねー」は、大体こいつめんどくせーなって思った時に女子が発する建て前だよな。

※この作品が面白いと思っていただけた方は、評価・いいね・感想・レビュー等付けていただけると制作の励みになります。


宜しくお願いします。

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