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アクシデント

 その日の放課後、俺はまたしてもカノンから教室に残るよう指示されていた。


「今日も残れとか、まだ何かあるのか?」


 放課後、教室に誰もいなくなると、俺はすぐカノンに話しかけた。


「ははっ! もしかして今日バイトだった?」

「いや、そうじゃないが」

「それならよかった。ところで、木下くんに伝え忘れていたんだよね」

「何を?」


 カノンは、自分のスマホの画面を俺に見せてきた。


「妹の連絡先だよ。これ、伝えてほしいって言われてね」

「ああ……」


 そういえばそうだったなと思った。連絡先とか交換してなかったわ。ていうか、よく考えたら女子の連絡先、これが初めてかもしれない。遠い記憶の過去に何かあったような気がするが、それは開けてはならぬパンドラの箱。封印されているから。開けるな危険だ。

 そういえば、カノンの連絡先ですら俺はまだ交換してないな。


「ていうか、妹もだけど、カノンのももらってねぇぞ」

「あ、そういえばそうだった! はははっ! 交換しよっか」


 目の前の女子高生がいくら美形でも、笑い方がここまで爽やかイケメンのようだと、あまりドキドキしないもんなんだな。

 俺は改めてそう感じた。何度も感じていた事だ。


「また遊んであげてね」

「ああ」


 お安い御用。それにしても、カノンは妹に冷たいのか優しいのか、よくわからない奴だなと思った。こうして、妹の頼みを素直に聞いてやっているのかと思えば、長時間一緒に居られる奴がいる事に驚いたりとか。ちぐはぐで、どっちつかずな距離感。


 人の家族観をとやかく言うつもりはないが、俺はカノンの気持ちがよくわからなかった。

 俺自身に兄弟がいない事も、気持ちを理解できない理由の一つなのかもしれない。


「……」

 俺は自分のスマホをいじって、リートにメッセージを送っていた。

 友達追加したから、よろしくな。とか、その程度のメッセージだ。


「ありがと、木下くん」

「別に感謝はしなくていいぞ。乗りかかった舟だしなー……沈没しそうだが」

「ふふんっ♪」


 不登校のぼっち妹に友達ができた。そのことが嬉しかったのか、そこからカノンは小さな鼻歌を歌っていた。


 俺達はそこから特に会話をしていなかったが、カノンの鼻歌のおかげか、そこまで気まずい雰囲気にはなっていなかったように思う。

 そんな時だった。


「木下ぁ!」

「え?」


 俺とカノンしか居なかった教室に、山岸が乱入してきた。


「おお、山岸。もう部活終わったのか」

「……」

「なんだよ木下ぁ! やっぱりお前、カノンさんと仲良さそうじゃねぇかよ‼」


 山岸は、俺とカノンが話している事自体に嫉妬しているらしかった。

 山岸のその表情を見れば、嫉妬なのだとすぐにわかった。

 ついにはっきり見つかってしまった。


 いや、もうそのうちバレるだろうなとは思っていたんだ。

 一応、カノンの方は、体育館裏に呼び出してくれていたり、少し気を使ってくれていたみたいだけど。


「ただ話してただけだぞ、仲良くはない」

「言い訳なんていいんだよ!」

 言い訳?

 何を言っているんだ、この男は。

 事実、仲良いのかは俺達二人でさえよくわからないのに。


 その日以降も、山岸はカノンと俺の仲を疑っているらしかった。

 もちろん、俺達はそんな仲じゃないと弁解をした。


 ただ何度も弁解する事に疲れてくると、もうどうでもいいやという気がしてきて、弁解も反論も徐々にしなくなっていった。


 山岸をはじめ、周囲は、カノンと俺のあいだに何かがあるんじゃないかと疑ったが、実際の所何もないので、それ以上の話にはならなかった。


 カノンと俺は、友達以上恋人未満。それが、差し当たり的外れではないだろうというのが周囲の意見だった。



 そして、ある休日の夕方の事だった。

 俺はその日、リートからメッセージを受けて、彼女の家でゲームを一緒にする事になっていた。

 俺は、メッセージで伝えた通りの時間にお邪魔した。


 リートは相変わらず、年下の女子らしい少し幼げな癒し系妹だった。

 その日、俺は特に姉のカノンとは連絡を取っていなかった。だからもしかしたら、カノンも家に居るかもしれなかった。


 ただ、結論から言えば、カノンは家に居なかった。

 俺とリートが、一緒になってゲームを遊んでいると、リートの部屋に慌てた様子のお母さまが入ってきた。



「リート! 大変よ! カノンが交通事故に遭ったって、たった今病院から連絡が入って――」


「え⁉」

「え⁉ お姉ちゃんが⁉」


 驚くリートと俺。その二人の手を引いて、お母さまは自家用車を止めている車庫のほうへと向かった。

 俺とカノンは面識がある。その事を知っていたのか、お母さまは俺も一緒に車に乗せてくれた。


「な、なんで交通事故なんかに! か、カノンは大丈夫なんですか⁉」

「わ、わからないわ! とりあえず行きましょう!」

「うう~……お姉ちゃあぁぁん‼ ……うっうっ……」


 お母さまは大急ぎで車を出した。リートは、俺の服の裾を握りながら、ぽろぽろと止めどなく涙を流していた。


 無事三人で病院に到着すると、カノンは病院のベッドで横になっていた。

 右肩から腕の先までを骨折していたらしく、包帯がガッチリと巻かれていた。


 どうやら大事には至らなかったようだが、それでも、腕を骨折して痛い思いをした事に変わりはないんだろうなと思われた。


「お母さん。リート。……え、なんで木下くんまで⁉」

 息を切らして病室へやってきた俺達を見て、カノンは驚いているようだった。


「はぁ……そりゃあ、カノンが事故に巻き込まれたって聞いて、それで、お母さんが気を利かせてくれたんだよ!」


「ねぇ、お姉ちゃん大丈夫だったの⁉ 交通事故って、なんでお姉ちゃんがそんな事に……?」

「カノン、あなた大丈夫⁉」

 俺達三人は、興奮のあまりカノンを質問攻めにしてしまった。


「ちょ、ちょっと落ち着いてよ。大丈夫だから。ゆっくり事情話すから! 少し待ってよね」


 それからカノンは、自分が車と接触した経緯について話してくれた。

 休日のアルバイトで朝から出勤していたカノンは、その日夕方にアルバイトを終え、いつものように帰宅していた。


 その途中で自動車と接触したらしい。

 接触した理由は、カノンが考え事をしていたせいで、赤信号を無視して横断歩道を渡ってしまった事だと言っていた。


 自業自得じゃねぇか。

 俺は心の中でそう思った。

 一応、相手方も前方不注意だった事を謝ったらしいが、その時は急を要するため、一度その場を離れたらしい。


 もちろんお互いの連絡先は交換し、後日謝罪のためにこの病院と、カノン宅を伺いたいとの事らしかった。


 カノンの治療は、医者の話だと全治三か月との事だった。俺はそれを、カノンのお母さまから後々教えてもらった。


 病室にいたカノンは、割と平気そうな顔をしていた。俺が心配するほどの事じゃなかったのかもしれない。


 しかし三か月は学校にいないんだなと思うと、俺はなんだか不思議な気持ちになった。


 それから不思議な話ついでだが、病衣姿のカノンは少しだけ新鮮で、不謹慎ながら目を奪われるところがあった。白くて野暮ったいイメージのあった病衣も、容姿端麗なカノンさんにかかればあら不思議! みたいな化学反応が起きていた気がする。


 意外とかわいい。というかむしろ、儚げなおもむきが追加されていて、刺さる人には刺さるであろうといった具合である。カノン・ウィリアムズ病衣姿ver.としてフィギュア販売しても良い。


 ただ、こんな感想は、あの親子の前じゃ絶対口にできない。

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