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カノンの約束

 後日、授業の合間の十分休憩の時に、カノンからメモ紙を一枚渡された。


「 今日の夕方五時 お店来てよ 」


 そう書いてあった。

 俺はそのメモ紙をクシャクシャに丸めて制服のポケットにしまうと、自分のノートの端っこを千切って、新しく返事を書くことにした。

 その切れ端を四つ折りにして、あいつに向けて投げてみる。


「痛っ!」

「あ」


 メモ紙が、ちょうどカノンの首筋にサッと当たったらしい。カサっという軽い音を立てて、そのままカノンの椅子の下に落ちてしまった。

 ごめんなカノン。俺ノーコンでした。


「え、ちょっと何?」

「ミスったんだよ。そこに落ちてる」

「さっきの返事かな?」

「ああ」


 さっき俺が投げたノートの切れ端をカノンが拾い上げた。

 もはやメモ紙でやり取りする意味あるのだろうか。……無いよな?

 カノンがそうやってきたから、俺も思考停止してそのままメモで返したけど。


「今日バイトなんだねー」

 カノンは、俺のメモを小声で読み上げた。

 やっぱりメモの意味はなかった気がする。 


「ああ、そうだ。だから無理だな。ていうか、なんでメモ紙だったんだよ」

 一応カノンに合わせ、俺も小声で返してみる。

「なぜって……」

 カノンは、その綺麗な緑色の瞳で、ちらりと横に視線を向けた。


 なるほど、山岸か。

 カノンの視線の先には、十分間の休憩でなるべく睡眠をむさぼってやろうとしている男の背中があった。無論、俺の前の席で眠る山岸の背中だ。

 現在顔を伏せていて、こちらには気付いていないらしい。

 安らかに眠れ、山岸。


「起こさないようにとか優しいな」

「そうじゃなくて」

「ん?」

 俺達はそのまま小声で会話を続けた。


「ほら、噂立てられるのも嫌でしょ。こんな、話の内容も、お店で密会みたいな内容だし……」

「……」

 ええ? カノンさんそんな意識とかするタイプだったのかよ。

 なぜだ。じゃあなぜ放課後の教室とかいう、割と誰にでも見つかる可能性のある場所をこれまで変えずにいたんだよ⁉


「だからさっきメモにしてみたんだけどね。バイトで無理なら仕方ない、か」

「無理だな」

「よし。じゃあ明日は?」

「あ、明日ならいいけど」

「じゃあ明日ね~。ってごめん、明日は私がバイトだった」

 でしょうね。俺はそんな気がしてたよ。


 ていうかカノンは、俺と同じバイト先だって事にマジでまだ気付いてないっぽいな……? 木下って珍しい苗字でもないしな。俺の働くバイト先のシフト表だと、苗字しか記載してないし、同じ苗字の人がいるんだなーくらいに思われてる可能性もある。


「それじゃあ都合合わないな」

「でも行く? 明日さ。私行けないけど、お店に」

「行けるかよ! カノンいないのにどうやって事情説明すんだよ!」

「しーっ! 声! 声でかいよ、木下くん!」

「あ、ごめんな。なんかつい……」

 俺はつい取り乱してしまった。

 とんでもない事を言うやつだな、カノンは。


 俺がカノンの妹に一人で会いにいくとか、普通に変な奴だろそれは。面識があるならともかく、初対面だぞ初対面。それも、カノンの年下って事は、少なくとも高一、もしくは中学とか、下手すると小学生か?


 ブロンドヘアの小・中学生をガチで狙ってる、やばい非モテの出来上がりじゃねぇか。


「けど行けると思うんだけどなー。私が前もって妹に話をつけておくからさ。行ってくれない?」

「……」


 マジで言ってる? 俺はそれほど人見知りが激しいわけでもないけど、それでも、前にカノン自身、俺のコミュ力が~とかって言ってなかったか?


「無言ってことはオッケーってことだよね」

「そういうストーカーみたいな解釈の仕方やめろよ?」

「はははっ! まぁ嫌か。……嫌だよね」

 カノンは爽やかに笑った。素敵な王子様みたいな笑い方だな、やっぱり。


「いや、いいけど」

「え? 急にどうしたの?」


「そこまでカノンがいいって言ってるなら、俺単独でもいいんだろうなって思っただけだよ。了承得てるならいいかなって思って」


「本当? 助かるよ。私じゃ全然話についていけそうになかったから。ありがとう、木下くん」

 やっぱりカノンは、妹と上手くいってないんだろうか。俺が了承すると、どこかほっとしたような、一段と落ち着いた様子に変わった気がした。

 人の家庭事情とか、兄弟間の問題とか、そういう物に首を突っ込むのは気が進まないけど。


「じゃあ明日な」

「よろしく頼みます、木下くんっ」

 ふふふ、と笑みをこぼす様は、高貴なお姫様みたいだった。

 王子様かお姫様か、はっきりしてほしいと思った。


 ……いや、こういう白黒つけないと気が済まないような意見が、カノンの毛嫌いする「記号」に結びついているのかもしれない。


 俺達はなんでもかんでも、確定された記号を張り付けて、きっと落ち着こうとしているんだ。

「記号」なら皆知っていて、安心する。逆に言えば、よく知らない、記号もつけられないような物には、不安感しかないのかもしれないな。


 金髪ハーフ美人が、日本生まれ日本育ちで海外移住未経験。

 おそらく言語も、日本語しかしゃべらんし、しゃべれん。


 女性語も目立って使わないし、特にお嬢様でもない。さっぱりとした、浅漬けと陸上部のイメージを足して割ったようなその性格。テンプレートからはみ出したくて、逆張りしまくったような奴だ。


 でもこれが現実なんだよな、と俺は思った。現実はもっと複雑で、もっと外見と中身の整合性や辻褄が合っていなかったりする事もある。


 休憩が終わり、先生がやってきて授業が始まろうとしていた。

 俺もカノンも、クラスメイトも、そのほとんどが教壇に立つ先生のほうを見ていた。


 俺は、斜め前に座るカノンの背中をチラッと見た。


 どう贔屓目に見たって目立ちまくる。黒髪時々茶髪。その中に一人だけ、爆撃のような金色の髪。浮きまくってる。恐ろしくカノンは浮きまくってる。


「金髪」の記号力が強すぎるんだよな。

 この「金髪」に紐づけられた属性を、俺達は勝手に想像して、たぐり寄せているんだ。


 だから俺達は、カノンの性格や立ち振る舞いに至るまで、妄想した属性に沿って縛り付けてしまいそうになるんだ。


 そう考えると、人間て根本的にドSなのでは? とか思えてくる。

 あ、でも隣でまだ眠ってるそこのアホは、たたき起こしてやった方がいいと思う。


 属性とかじゃなくて、単純に助けてやってくれ。

 山岸は悪い奴じゃないんだ。

 良い奴でもないけど。



 その日、学校が終わると、俺はバイト先のカラオケ屋へむかった。

 カノンにも教えたが、この日はバイトの出勤日だった。


 外は夕暮れの秋空で、少し肌寒い空気感だった。少し冷たくなった指先をこすり合わせながら、俺はカラオケ屋に入った。カラオケ屋「まねきいぬ」は今日も平和に営業しているようである。


 受付には、やっぱりいつものサボり先輩がいた。

 平然と漫画を読んでいて、俺に気付いていないらしい。

 この人、名前を佐保凛子というのだが、まさしく名は体を表すのド直球すぎる好例で、親を表彰してあげたいと常々思っていた。


「サボさん、お疲れ様です」

「あっ、木下君おつかれー。あと私の名前、「サボ」じゃなくて「サホ」だからね!」


 サボり先輩はそう言って、その派手めな長い茶髪をくいっと左耳にかけた。

 それからあくびを一つすると、さっきまで読んでいた漫画に視線を戻したのだった。


「あ、すみません。サホさん」

 熱心に読むような漫画があって、なんだか羨ましいな、とか俺は思っていた。


 サボり先輩はフリーターで、いつもシフトに入っている人だった。

 だから俺が行くと、いつもいる印象があった。

 俺はそのまま、休憩室へとむかった。休憩室には、他のバイト仲間の男性が一人いた。


「お疲れ様ですー」

「あ、木下君。お疲れ様~」

「数野さんも今日出勤だったんすねー」

 数野さんは近くの大学に通う大学生で、割と話が合う楽しい人だった。


「ああ。今日は大学授業ないから、お昼から入ってたんだよね」

「大学生って、なんか自由で良いっすよね」

 俺は、ロッカーに自分の荷物を入れて、バイトの制服を取り出した。


「そうか?」

「そうですよ。高校生は平日に授業ない日とかないですよ……」

「まあ履修科目によるけどな、大学生も」

「そういえば数野さんて、どんな授業受けてるんですか?」

 数野さんは、鏡の前で自分の服装をチェックしながら答えてくれた。


「んー? まぁ色々あるけど、ざっくり言うと数学とかそっちの分野かなー」

「へぇ~。数野さんて意外と理系だったんすね」

「意外ってなんだよw別に理系取る奴に意外も何もないだろw」

「数学好きなんですか?」

「まぁ、そんな感じだなー」


「へぇ、じゃあ文系は好きじゃないって感じですか?」

「いやいや。そういうわけじゃないよ。むしろ俺は文系も好きだからなー」

「そうなんですか? じゃあなんで理系を……?」

「木下君。実はさ、理系って、文系なんだよ」

「え?」


「これは持論だけどな。理系って、数字とか記号ばっかり出てくる分野のイメージあるだろ?」

「ありますね。そういうの専門って感じしますよ。実際、高校の数学でも数字と記号ばっかりですし」


 俺はそう言いながら、取り出していたバイトの制服に着替える事にした。

少し部屋の空気が肌寒く感じる。


「でもさー、それって人が考えたものだよな」

「それはそうですね」


「うん。人が理論的に破綻しないものを考えて、それが使い物になれば「公式」になるわけだ。それを深く学ぶためには、「考えた奴の考え」を知るのが一番の近道だと思うんだよなぁ~。だから数学は、その意味で言えばかなり文系なんだよ!」


「へぇー、そう捉えてみると面白そうっすね」


「だろ? そこが楽しいんだよな~。論理の途中で理論は形になっていくんだよ。それで、それは色んなジャンルにも応用できたりするからな。理系に進むと視界がクリアになった感じするぞー? 文系もクリアになるんだろうけど。興味あるなら、木下君も理系に進めば?」


「なるほど、確かにお話聞いてると、数学で色々クリアになっていきそうな気、しますね!

理系、考えておきますよ」


 そこで数野先輩との会話は終わった。

 その後、じゃあ先出るわ、と言って数野さんは休憩室を出ていった。

 俺も支度を済ませると、後を追うように休憩室を出た。


 誰もいなくなった休憩室は、どことなくクリアになったんじゃないかと思う。


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宜しくお願いします。

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