キャラクター記号力
「それで、何なんですかカノンさん」
「単刀直入に言うんだけどね」
「なんだよ」
「妹が重度のオタクなんだよね」
「……え?」
「妹が重度のオタクなんだよね」
「いや、え?」
「妹がじゅ」「聞こえてっから! それはもう聞こえてるから!」
壊れかけのレディオか? リピートオンリーか?
「聞こえてたんだね。あんまり何度も言わせないでほしいね……。こっちも恥ずかしいんだし」
「何度も言わなくていいだろ。それよりも、それを俺に知らせて何が言いたいんだよ?」
「うん。……私はさ、あんまりそういうアニメとか漫画には興味がないんだよ。だから、オタクになってしまった妹の事は、あまりよくわかってあげられないっていうか」
「……」
「わかってあげられないんだけど、木下くんは、わかってあげられそうだから」
「何が言いたいんだよ」
「妹と話してみないかな?」
「嫌だな」
「ははっ! 早いな、決断」
俺の即答に、カノンは爽やかに笑った。ハンサム系イケメンみたいな奴だな。
「話して何の得があるんだよ」
なるほどな。そうやって、オタクカルチャーに詳しそうな生徒を妹にぶつけてみて、話し相手とか、友達みたいなものがほしいとか、どうやらそういう事らしいな。
しかし、それを俺がやった所で、俺自身にメリットなくね? ボランティア団体に加入した覚えはないしな俺。
「召喚少女に関する知識がたぶん増えるよ」
「いや、俺はそこまで知識欲ないからな? あと、増えるにしてもたぶんなのかよ」
「あ、もしくはこういうのは? ブロンドヘアの年下娘と仲良くなれるチャンス!」
「妹を記号で売るな、記号で!」
「はははっ! もしかして、木下くんも私と同じだったのかな?」
カノンはまたしても爽やかに、嫌味なく笑っていた。
「カノンと同じって?」
何が同じなんだろうか。質問の意図がよくわからなかった。
俺の問いに、カノンは少し何か考え込んでいたが、軽く息を吸って次のセリフを吐いた。
「アニメや漫画が嫌いって事だよ」
「カノン、そういうの嫌いだったのか」
「嫌い。というか、さっき木下くんが言ってた記号的なもののせいで、全然感情移入できなくなっちゃったって感じかな」
そう言って、カノンは膝をあげ、椅子の上でちっちゃく体育座りをした。そのまま膝を抱え込んでいる。前から見たらパンツが見えちゃうだろそれ。
「感情移入できないのか」
「そうなんだよ。私、実は日本生まれ、日本育ちなんだよね」
「あ、そうなのか?」
意外だった。その見た目で生まれも育ちも日本人と言われても、全くピンとこない。
髪も金髪だし、肌も色白。顔の彫りも深くて鼻も高い。瞳の色も違う。
全体的に線が細い顔立ち。身体のラインも、オーソドックスな日本人タイプではないと思う。
それで生粋の日本人と言われたってな。
「やっぱり生まれはせめて海外かと思った? 幼少期少しくらい海外生活だったとか」
「多少な」
「やっぱりそう思うんだよね、皆。でも実際は、日本以外の国になんて行った事ないんだよ?」
「へぇ。で、それが、アニメとかに感情移入できない話とどう繋がるんだよ?」
「あ、そうだったね。話が脱線しちゃったな~」
カノンはそのほっそりとした両手の指先を合わせると、はははと笑い、言葉を続けた。
「つまりね、小さい頃から観てきたんだよ、日本のアニメも漫画もゲームも」
「……」
「それで、十一歳の頃だったかな。その時ちょうど読んでいた漫画に、金髪のヒロインが出てきたんだよね」
「まぁ、最近だと別に珍しくもないし、昔からそういうヒロインはいたと思うが」
むしろ最近は当たり前になってるくらいだな。
金髪以外にも、日本人設定だけど髪の色が緑とか赤とか。俺は、色々と思い浮かべていた。自分が今まで見てきた作品の中、そういった配色のキャラクターはいくらでもいたと思う。
「そう。それで、その漫画には、他にも青い髪とか赤い髪とか、緑とか灰色とか、登場する女の子みーんな髪の色違うんだよ」
「ああ、ヒロインが複数いたりする作品だと、そんなのもあるよな、きっと」
カノンの話にだんだんと熱が入ってきた。
「そんなのを見ているとさー、この子達って、結局は人間じゃなくて、「記号」でしかないんだろうなーって思えてくるわけ」
確かにそれはわかる気がする。
俺が最近、なんでも二番煎じに感じてしまうのは、前にどこかで見た覚えのある記号ばかりが使われているからなのかもしれない。
記号とはつまり要素の事で、作品というコンテンツを構成している細胞のようなものだ。
「記号にしか見えなくなってくると、感情移入なんてできなくなってくるんだよ」
「わからなくもないけど、それは髪の毛のカラバリがはっきりするよりも、ずっと前からあった事だろ?」
「そうだよ? でもそれまでは、物語の世界があくまで自然な形でそこに存在していて、私達が見てるのは、ただの定点カメラだったはずなんだよ。記号なんてもの、見当たらなかったんだよ。……至近距離でしか見ていなかったから、気付かなかった。たぶんそういう事。……でも、ある時からたくさん記号が流し込まれたせいで、その世界は記号だらけになってしまったんだよ……」
カノンは、寂しそうな顔でそんな事を言っていた。
「ああ。それで、定点カメラじゃなくて、上から俯瞰して見たり、少し引いたアングルから見る事ができるようになって、記号だと思ってなかった記号にも気付かされたって言いたいのか」
「……うん」
カノンの言う「ある時から」というのは、きっとカノンが十一歳の時に読んでいた漫画の事なのだろう。漫画は基本白黒描写だが、表紙ではキャラクターに色がつくしな。
髪の毛のカラバリも、きっとそこで見たんだろうなと思った。
「だからアニメも漫画もゲームも、記号臭いものは嫌いなんだよ」
「それで、妹の事をわかってあげられないお姉ちゃんはどうしたいんだよ」
「ふふっ、お姉ちゃん」
記号臭いから自分は妹の趣味を理解できない。そう主張して、それでも何かしてあげたいと感じているんだろ。どうしたいんだよお姉ちゃん。
「妹はゲーマーで、アニメオタクなんだよ。だから木下くんとも話が合うだろうなと」
「却下だな」
「え、なんで?」
「まず、俺は現行でゲーマーでもアニオタでもないからな」
とんでもない勘違い野郎だ。現在それらを追っている人間と、かつて追っていた人間とじゃあ、色々と食い違いとかも出てくるだろ。楽しみ方の違いもあるし、他にも色んな軸があると思う。田辺と俺がそうだったように。
「でも召喚少女の話で盛り上がってたみたいじゃん」
「それは田辺が……いや、別に盛り上がってなんかない。むしろ盛り下がりだった」
「召喚少女の話をしてたならそれで十分だよ。盛り下がってても」
「大して詳しくないから、話しにいった所で役に立たないぞ俺」
「それはやってみないとわからない事でしょ。というか、同人誌の話もしてたらしいじゃん」
「え……え?」
おいちょっと待ってくれ。
「妹が言ってたよ? 同人誌の話で興奮してるみたいだったって」
やばそうだぞ、なんか。
「この世の楽園? とか言って騒いで」
やばいやばい。
「そういう下心満載な男子なんじゃなかったの? 木下くんは」
「それ全部田辺だよ! 俺じゃねぇよ!」
「え~、そんな怒らなくてもいいでしょ。ふふっ。思春期男子なんて皆エッチな事考えてるんじゃないの?」
カノンはにやにやと笑いながらそう言っていた。とんだ誤解だなこれは。皆大体エッチな事考えてるけど、少しくらいはそうじゃない奴もいるからな。特に男子高校生は。
「はぁ……」
俺は溜め息を吐きながら首を横にふった。
「そんな男子ばっかりじゃないからな。先入観強すぎるわ、カノン」
「そうなのかな?」
「それに思春期男子って、カノンこそ記号で片づけてるだろ」
「あ、ほんとだね! 参ったな~、あはは!」
「ぷっ。参ったのか」
「参っちゃった。あっはははは!」
それから俺とカノンは、二人きりの教室で笑い合っていた。
他の教室にも生徒はいなさそうだった。珍しくこの階に、俺とカノンしかいないのかと思うほど、人の気配がなかった。
教室の窓の向こうから、吹奏楽部の演奏する音色が聞こえてきた。それぞれ、何かの曲を練習中なのだろう。一緒に演奏するというよりは、バラバラに、個々で好きな曲を扱っている音だった。
カノンは、やはり妹を更生させたいとか、脱オタさせたいと思っているんだろうか。
その真意をはっきりと聞いたわけじゃないが、やろうとしている事は、話し相手を作ってあげたいって事なんだろうな。
見た目がこれだけ特徴的だと、そんな悩みさえないような気がしていた。
俺達のようなノーマルビジュアルとは、根本的に人生が違う。物の見え方が違う。価値観が違う。美意識が違う。
そういった、あらゆるものが違っている人間だと思っていた。
悩みがあっても、それはずっとずっとハイレベルで、複雑で、格式高いがゆえのもののような、そんな気がしていた。それがセオリーというものだと思い込んでいた。
けど、そうじゃないんだよな。
実際、話してみる前と後で、全然カノンの印象は違う。
外見から受ける印象って、相当強力なんだろうな。その分、カノンはずっと苦労しているのかもしれない。
「その誘い、やっぱり乗るわ」
「え⁉ 本当にいいんだね?」
俺は最初、カノンの誘いに乗ろうとは思っていなかった。
ただ少し、もったいないかもしれないとは思っていた。俺は計算高いんだよ。だからこれでいい。
「いいぞ。別に少し話し相手になってやればいいんだろ? 余裕だな」
「ありがとう、木下くん~」
俺がここで協力してやる事で、せっかくカノンに貸しを作れそうなんだ。この機会をみすみす逃してしまう事もないだろう。
そのうち、どこかでこの貸しを返してくれるかもしれない。どういった形で返ってくるのかはわからないが、ひとまず貸しを作っておく。こういう考えも大事かもしれない。そう思い始めていた。
俺が承諾した事に対し、カノンはにっこりと笑っていた。
金髪で、目はパッチリしていて、鼻が高くて、彫りが深くて……。女優顔負けのそのビジュアルがにこにこしてる。
いやいや、タダで人にそんなホイホイと笑顔を見せたらあかんて。
そう思ってしまうような、やっぱりハイレベルな見た目のカノンだった。たぶん、写真撮ってSNSにあげたらバズるだろうな。金髪ハーフジェーケーが尊過ぎ!みたいな。
「じゃあ妹と遊んでもらう日取りについては、また今度話しましょう」
「ああ、そうだな」
「それじゃあ、木下くんまた明日ね」
「おう、またな。あっ……!」
カノンはサッと教室を出ていった。早いって。
結局、カラオケ屋のバイトについて、カノンから何も聞き出せなかった。というか、また明日―みたいな流れになると、蜘蛛の子散らしたように帰るからな。聞くに聞けなかった。そのうち話題にあがるだろうと思っていたが、一向にその気配もなかったし。
まぁ、もうここで知り合ってるし、気にしなくてもいいか。
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