菊とひまわり
「第4回小説家になろうラジオ大賞」参加作品です。
※暗くて救いもないお話です。苦手な方はご注意下さい。
「目許が涼やかでスッと背筋が伸びていて。まるで菊の花みたいね」
そう言って彼女は、ひまわりの花のような笑顔を浮かべた。
墓参りを連想させる地味で古風な花に例えられたというのに、私はありがとうとはにかんだ。
菊は私の憧れで、彼女もそれを知っていたから。
彼女と出会ったのは、共に司法試験を目指していた法科大学院でのこと。
ストレートで進学した彼女と遠回りをしてきた私とは、同級生と言っても五歳の年の差があったが、不思議と馬が合った。
検察官志望という共通点も大きかったのかもしれない。
「政治家の汚職とか、そういう巨悪と闘いたいんだよね」
私がそう意気込めば、彼女は、
「私は罪を犯してしまった人の立ち直りを支えたいんだ」
と大きな瞳をきらめかせた。
同じ年に司法試験に合格し、司法研修所のクラスも修習地も同じ。
司法試験を突破しても、検察官は更に狭き門だ。成績優秀なごく一握りの者にしかその道は開かれない。
私達はいつも一緒に勉強に励んだ。
ひまわりのような彼女と菊のような私。
けれど、菊をあしらった検察官のバッジ『秋霜烈日』を手にしたのは、私ではなく彼女の方だった。
私は似合わないひまわりのバッジを与えられ、何の理想も持たないまま弁護士になった。
その結果に不服があったわけではない。彼女はいつだって、私よりはるかに良い成績を収めていたのだから。彼女を妬む気持ちなどないはずだった。
地方都市の法律事務所に就職した私と全国転勤がある彼女が疎遠になったのは、ごく自然なことだった、はずだ。
離婚と借金の処理に明け暮れて三年経った頃、正月でもないのに彼女からメールが届いた。
『しんどいなぁ。私、検察官に向いてないのかな』
彼女は優しすぎるから。
そんなことを思いながら、午後十時、事務所のデスクでコンビニのおにぎりを噛る。
後で返信しよう。スマホを閉じて、締切間際の書面の作成に戻った。
その、数日後のことだった。
彼女の訃報が届いたのは。
ひまわりのようだった菊の花は、自ら折れた。
指先から血の気が引いていく。
世界から音が消えた。
どうして、とそればかりが頭を巡る。
あの時メールを返していれば。
電話をかけていれば。
私も仕事に追われていたから。
そう自分を納得させることができたらどんなに楽だっただろう。
あの時、ほんの一瞬心をよぎった昏い喜びに気づかずにいられたなら――。
震える右手を、胸元で輝く小さなひまわりにのばす。
流す資格のない涙が花を濡らした。
お読み頂きありがとうございました。