everywhere everything
そして、また月曜日が廻ってくる…くっ、身体が重い。
一度息を吐いて隣を見ると、
「すー、すー」
アリアが涎を垂らしながら寝ていた。
「あんなに自信満々だったのに……」
膝に乗せているフリューゲルがそう言うと、私はつい苦笑してしまった。
「お婆さんに申し訳ないわ。せっかく聞かせてくれたのに」
私の謝罪に、お婆さんは変わらぬ穏やかな笑みを返す。
「いいのよぉ、老人の数少ない楽しみなんだから」
更にお婆さんは私の表情を見て、
「むしろ、フィーネちゃんは肩に力を入れ過ぎなのよ。婆としては、眠ってしまったアリアちゃんくらいの図太さが必要だと思うわ。勿論、今の背を伸ばしているフィーネちゃんも可愛らしいけどね?」
「……もうこれ以上茶化さないで欲しいわ」
フリューゲルもいるのに、これ以上姉としての威厳を崩そうとしないで欲しい。
まだ太陽は地平線に消えておらず、まだ帰る時間にはまだ早い。正直、帰りたい気持ちもあるけれど。
テーブルに出されたお菓子とお茶を飲み、ほっと息をついた。
「ほんと、起きないわね。鼻をつまんでも、寝苦しさも感じないんじゃないかしら」
私の睡眠も悪い方ではない筈なのに、アリアの熟睡には少し羨ましい。
「……そうだ、フィーネちゃん。フィーネちゃんは呪術に興味があったわよねぇ?」
ちらりとお婆さんの方を向いた後、私は静かにカップを置いた。
「うん、少しね」
カップの柄を指で擦りながら答える。
「ふふっ、今日は教えてあげようと思ってねぇ。日が沈む前には終わるから」
「うん、じゃあ教えてもらおうかな」
お婆さんは部屋の奥から太い杭のようなものを一本持ってきた。
「そんなに熱心に見つめなくて良いわよぉ。これ自体は何の変哲もない木で出てきたものだから」
……そんなに見詰めていただろうか? 少し興奮が隠せなくなっているのかもしれない。
「フィーネちゃん、これはどのように使うと思う?」
余りに予想外の質問に戸惑ってしまう。
「……地面に突き刺して、固定したりとか?」
「そうね、形状的にはそういう役割を含有している。じゃあ、こっちに手を伸ばしてね?」
不思議に思いながら手を伸ばすと、お婆さんは私の手から伸びた影に杭を突き刺した。
「えっ!?」
伸ばした腕が自由に動かない。何かに固定されているかのように、とある場所を起点として動きが止められている。
「これは、杭が何かを縫い止めるという役割を抽出しているのよぉ。簡単に言えば、フィーネちゃんの影を縫いとめることで、間接的に腕を固定しているの。これは類感呪術と呼ばれるもので、腕を縫い止めるという結果を、影を媒介として行う手法よ。他にも、影響を及ぼしたい対象に関連したものを使った感染呪術もあるわ」
お婆さんが影から杭を抜くと、私の腕は動くようになった。
「でも、そうなると人の影を踏むだけで生活の隅々で差し障るよね?」
道を歩いている時、通り過ぎようとしただけで、相手に動きを止められては溜まったものではない。逆に、人の影を踏まないように生活するのも億劫だ。
つまり、トリガーがある筈なのだ。
「そうねぇ、相手を縫い止めたいという思いがなければ呪術は使えないわ。その思いが強ければ強いほど、呪術はより強い効力を発揮するのよ」
逆に、気が散っていると思うように出来なさそうだ。ここまで説明を聞いていて思ったが……呪術の使い道が見つからない。
「ふふっ、フィーネちゃんの気持ちも分かるわ。どうせなら、日常的に使ってみたいわよね。でも、魔法や精霊のように、火や水が出る訳ではないから、使う場面も限られてくるわ」
私からしたら、物理法則を歪めている魔法や、話で聞いたことのある自然の化身・精霊はまさにファンタジーの代表だ。先程聞いた呪術と比べたら、暗闇に浮かぶ美しい星々に対する感嘆と同じような胸のときめきを与えてくれるかもしれない。
「別に、呪術は特別なものじゃないのよ。むしろ魔法より日常に溢れている。アリアちゃんが誰でも好かれるのと同じように縁を結び、影響を与える。その力がプラスか、マイナスかの違いだけが結果として出力されるのよ」
……概要は何となく分かった。後は自分一人でも使えるようになるだろう。
思っていた以上にのめり込んでいたのか、お婆さんに色んなことを聞いていたら、外はあっという間に夕焼け色へ差し代わっていた。
呪術の分類については、そこまで重要じゃないかな?
魔法みたいなことは起こせないけど、まあまあ便利な呪術君です。派手さは一切ないよ、寧ろ裏で張り巡らす系だから
因みに、強く意識しないと発動しないし、長い間効果を持続するためには緊張を抜く事ができなくなる。
…要するに、ほんの一時的な効力しか発現しない事が多い。