Once upon a time
安眠を…安眠を、したいよ…
部屋は薄暗いなどということはなく、むしろ清潔感があって整理されている。木の温かみも感じられる良い部屋だ。
「そういえば、そろそろ祭りの時期だねぇ。久しぶりにあの話でもしようかね」
いつも通り、机はお婆さんと私たちの間に挟まれて、一つの椅子に三人が乗り合わせる。流石に並んで座るのは無理なので、フリューゲルを私の上に乗せている。
「久しぶりと言っても、もう何回も聞かされてるから……全部覚えているよ」
その話はこの村の誰もが知ってるだろう遥か昔の御伽噺。家にも数冊あるので、どうせならお婆さんの話を聞きたい。
「ほんと、フィーちゃんはすごいよねー。大抵の聞いたことは覚えてるんだもん。私なんて頭がこんがらがっちゃうのに」
額に両手の人差し指を当てて、うーんと唸るアリア。その指の動きと同じように、頭の中はぐるぐるとかき混ぜられているのだろう。
「それはアリアが途中で夢現に、ぼーっとしてるから。元気な時なら覚えているでしょ」
要するに、真面目に聞こうと思えば覚えられるということだ。……ただ常に気を張っていられる訳ではないし、睡魔は不意打ちを仕掛けるから仕方ないのかもしれない。
「んー、私としては後でフィーちゃんの口から聞かせてくれるのも楽しいんだよね。……うん、今回は起きてることにするよ!」
今から気を張って疲れないのだろうか、始めから暗雲立ち込める中、昔話が始まった。
*
昔々、争いが絶えず続く戦乱の時代。
ある場所では血が獣を誘い、ある場所では辱めを受けた人々が虚ろな目で日々を過ごしていた。
そんな日々は突然、終わりを告げることとなる。
白い炎を身に纏い、その業火で一切の罪を浄化する救世主が現れた。支配と繁栄の二文字を掲げ、腐敗してゆく世界に炎は瞬く間に燃え広がり、穢れのない浄土が生まれる。
支配されていた人々の鎖は砕かれ、支配していた側の人々も赦されて、彼らは幸福な未来が訪れるのだと希望を持っていた。
救世主は自身を”神”だと言い、『世界を、誰もが平穏で幸福に暮らせる楽園にする』と言った。
しかし、救世主の理想を否定する者がいた。自らが大罪を背負うことを理解しながらも、神座を簒奪した。簒奪者たちは世界を分割し、各々で統治するようになった。
それが私たちの祖先であり、今日も私たちが背負う業なのである。
*
と、言った具合の…………創造神話のような曖昧で、実際にあったのかも怪しい遥か昔の物語。この世の苦楽は全て祖先の因果であり、私たちはその罪を背負って生きていかなければならない。
心底どうでも良いが、そうだとしたら理不尽だと言わざる負えないだろう。この世界に生まれた人ならば。
「なんで、遠い祖先様は神を殺したの?」
だからこそ、この単純な疑問を口にしてしまう。
「それは婆にも答えられない質問ねぇ。一般人には彼らを一目見ることすら出来ないし、会えたとしても語るとは限らない。……でも、彼らがどんな未来を思って、基盤を築き上げたか。それを考えるのも、一つの楽しみだからねぇ」
それでは何も分からない。一冊だけでは完結しない本のように、好奇心を掻き立てられてもどかしい。
「……むぅ、答えが手に入らないと、尚更知りたくなってしまうわ」
「そうね、気になるわよねぇ。でも、この問いを解くには私たちはあまりにも情報が少ないことを忘れてはならないわ。起源が単純であれ、それに幾重も思惑が交錯することで絡まった糸を容易には解けなくなるように、一つ一つを見極めなければならない。決して、安易に一本の糸だけが答えと思わないことねぇ」
お婆さんは優しく私に微笑む。その笑みは見守る保護者にも、人を困らせて楽しんでいるようにも見える。本当に意地悪だ。
あー、お風呂にじっくり浸かって、お風呂あがりに牛乳飲んで、寝る前にハーブティーでも…
それができたら、最高の一日だー。トイレに気をつけなきゃいけないけど。……蜜柑美味しい。