表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/70

★アラフォーオッサンの冒険者ライフ ~戦乙女に出会って人生大逆転~(3)

 三人で全速力で森を駆け抜ける。決して、後ろを振り返らずに。


 いくらか距離を取ってから、俺たちは大樹の根たちが作る窪みの中に身を隠した。

 必死に息を整えようと深呼吸を繰り返すが、心臓は未だ早鐘を打っていて全身には鳥肌が立っている。手足はがくがくと震え、落ち着かない。

 仲間たちも憔悴しきった顔をしていた。特に、カリスは痛みを堪えるように左腕を擦っている。


「……腕は動かせそうか?」

「ダメです……。飛び降りた時の着地が悪くて……、力が入りません」


 負傷したらしい左腕はだらりと垂れている。これでは弓を引くことは不可能だろう。


「テート、『フレイムピラー』はあと何回使える?」


 言いにくそうに口ごもったテートは、やがて決心したかのように「さっきので終わりだ。『ファイヤーボール』なら、あと一回いける」と答えた。


 なんとなく察してはいた。慎重なテートはここぞという場面でしかあの魔術を使わない。使えないのだ。だが、お互いの為にも確認するべきだと思った。状況は絶望的であると。


「何ですか……? 何なんですかアイツは……!?」


 すがるような目で、答えを求めるようにしてカリスが俺に泣き付く。


「アイツ……。群生地の奥にいました。薬草採りに来た人間を、息を潜めて狙ってたんです。俺、木の上から、目が合っちまって……。それで……!」


 そう、この若い弓術士はあの化け物の姿を知らない。俺たち二人とパーティを組む頃には、その脅威は去っていたからだ。だが、俺たちはよく知っている、嫌という程!

 巨大な岩山を彷彿とさせる体躯と、頭から弧を描くように伸びる二対の角。


「ベヒモス……」

「え」


 確認するように、テートが呟いた。カリスは目をいっぱいに見開き、息の仕方を忘れたかのように口をぱくぱくと動かす。俺は頭を抱えていた。


「あれは間違いなく()()()()()()だ! 何で生きてるんだ畜生ッ!」


 ダンッと力一杯、地面を叩く。そうでもしないと、感情を抑えられなかった。


 一年前に勇者が討伐した、大型モンスター。俺とテートは、奴が倒れる姿を確かに見ていたのだ。その巨躯が消滅して、拳大もある魔石が落ちるのを見ていたのだ。

 なら、今見たあれは幻か?


 そんな俺の淡い期待を打ち砕くように、オオオオという轟音が森中に響き渡る。獲物を前に思わぬ反撃に遭ったベヒモスが、怒り猛って雄叫びを上げたのだ。

 距離はかなり近い。いや、近付いて来ている。奴は俺たちの気配を敏感に察知して、一直線にこちらへと向かって来ているのだ。隠れ潜んだ所でいずれは見付かる。生き残りたければ反撃するしかない。


 倒すか、追い返すか。選択肢があるようで、本当は何もない。

 終わりだ。


「もう、すぐそこまで来てます! 早く逃げましょう!?」


 カリスが俺の両肩を揺する。

 やるべき事は、もう分かっている。俺かテート、あるいは二人で囮になって、若いカリスを逃がす。このまま三人仲良く全滅するよりは、そっちの方がマシだ。俺がパーティの頭目として出すべき結論はこれしかない。これしかないのに……。


「……どうやって逃げるんだ。体力にも限度がある。まして、ベヒモスは木々を薙ぎ倒して追いかけてくるんだぞ。俺たちにとっては障害物の多いこの森も、奴にとっては……」


 テートの言う通りだ。真っ直ぐ走ったところで追いつかれる。

 でも、逃げなければ。


「なら、さっきみたいに不意打ちで……」

「ダメだ。弓も魔術も無しで、奴の足を止める術を俺たちは持っていない」


 三人掛かりで挑んだところで、一蹴されて終わりだろう。だから、俺が囮になるしかないんだ。

 どうして?


「……ロブ、覚悟を決めよう。俺とお前で囮になって、カリスだけでも逃がそう」

「何言っているんですか! 二人が戦うなら、俺だって残ります!」


 そうだ。覚悟を決めるんだ。戦うんだ。戦う。

 どうやって?


「カリス、弓の引けないお前に何ができる? 勘違いするな。この中で一番足が速いから、お前を逃がすんだ。街まで戻ってギルドの応援を呼んで来てくれ」


 応援なんて間に合わないだろう。だが、カリスがギルドで報告してくれれば、少なくとも俺たちの名誉は守られる。雑魚モンスターにやられた間抜けではないと。それで、死ぬ。

 こんなところで?


「そんな……。イヤ、ですよ……。俺……」

「いいから行けよ、カリス。それとも、俺とテートが時間稼ぎもできねえ腑抜けだとでも思ってんのか?」


 泣きじゃくるカリスの頭を力一杯撫でて、「見くびってんじゃねえぞ、オイ」なんて精一杯格好付ける。


 俺は何を言ってる? どうして、死ぬんだ? ちっぽけな誇りの為に?

 ――醜くしがみついた「冒険者」の肩書きのせいで、俺は、死ぬのか?


「さて、行くぞ。ロブ。いよいよ、俺たちが英雄になる番が回ってきたみたいだ」

「ははっ、そりゃあ……笑えるな」


 口が勝手に動いて強がりを言う。頭が勝手に動いて仲間に頷く。右手が勝手に動いて剣を抜く。足が勝手に動いて腰を浮かせる。

 暴牛はもう目と鼻の先まで迫っていた。


「……こっちだ牛野郎ォォォ!!」


 声を張り上げながら、俺は勢いよく根から飛び出した。木々の隙間から現れた俺を追うように、ベヒモスの鼻先が動く。


「グオオォォォオッッッ」


 こちらの姿を捉えたベヒモスの紫の瞳には、怒りの色が浮かんでいた。雄叫びと共に前足で何度も地面を蹴った暴牛が、突進を仕掛けるべく構える。


「『ファイヤーボール』ッ!!」


 その横っ腹にテートの放った炎の玉が直撃した。少しよろけたベヒモスだったが、その巨体にさしたるダメージは見当たらない。だが、それでいい。元々そんな事は期待していない。

 剣を構えて、走る。またも不意の一撃を受けたベヒモスの意識は、完全にテートへと向いていた。


「うらああぁぁ!!」

 ギリギリまで接近した俺は、奴の無防備な首を狙って剣を振り下ろした。


 きんっ、という金属の折れる音と振動が、俺の身体を伝う。

 次いで、腹部に大きな衝撃を受けた。


 ――気付けば、身体が宙を舞っていた。ベヒモスの角が上を向いている。首振りざまの一発で、俺は上空に跳ね飛ばされたらしい。


「ロブ!」「……ロブさんッ!」


 木の枝をバキバキと下りながら地面へと落ちた俺の元へ、テートとカリスが走り寄ってきた。カリスの馬鹿は、結局戻ってきてしまったらしい。


「まぁ……逃げる、時間……ろくに、稼げなかったからな……」

 俺を抱き起こしながら、カリスが首を振る。


 右手に握っていた剣は、真ん中からぽっきり折れてしまっていた。テートも魔力を使い切ってしまった。万事休すだ。

 俺たちが抵抗の意志を失ったことを感じ取ったのだろう。ベヒモスはゆっくりと近付いてきた。



 閉じ込めたはずの恐怖心が、身体の奥からどんどん漏れ出てくる。



 死。死ぬ。殺される。

 嫌だ。逃げたい。でも、二人を置いて逃げられない。

 こんな事になるなら、もっと真面目に、鍛錬に励むべきだった。


「何の為に?」と大人の俺が自問する。


「英雄になる為に」と子供の俺が答えた。


 何だそれは? そんな事の為に、今日まで生きてきたのか?

 一年前、心が折れたのに。本物の英雄を見てしまったのに。この期に及んでまだ、夢を見る気なのか、俺は。


 ――そんなの、もういい。もう、全部すっぱり諦めるから。


「神様、たすけて……ください……」


 俺の呟きは虚空へと消える。

 空腹の暴牛が、今まさに目の前の餌たちへと飛びかからんとした、その時。


「――見つけた」


 突然、()()()()は現れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ