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★アラフォーオッサンの冒険者ライフ ~戦乙女に出会って人生大逆転~(2)

「まさか、例の“暴牛”とやらがまだ生きてる……とか?」


 カリスがそう呟いた。その顔はわずかに強張っている。


 テートは「馬鹿な」と若い弓術士の推測を一笑に付した。なおも不安そうなカリスを手で制して口を開く。


「奴は勇者レイジのパーティが討伐した。俺とロブは、あの化け物が斃れる姿をこの目で見ている」


 今から一年前、この森に突如として巨大なモンスターが現れた。それが“暴牛”こと「ベヒモス」。人間の三倍はあろうかという体躯に槍のように鋭い二対の角を有する、獰猛な牛型のモンスターだった。森のモンスターたちは奴を恐れ、あちこちに四散した。


 ギルドは総力を挙げてその討伐に当たろうとした。が、ド田舎の弱小ギルドだ。戦力なんてたかが知れている。不意をつく一斉攻撃で奴に軽い手傷を負わせたものの、追い払うまでで仕留めるには至らず。逆にこちらは怪我人多数で、初戦は俺たちの惨敗だった。

 結局、帝都からやって来た勇者一行が奴を討伐するまで、俺たちは手をこまねいているしかなかった。

 カリスがこの地域にやって来たのは、勇者の去った後だ。知らないのも無理はない。


「……え、ちょっと待ってください。勇者って、あの勇者レイジですよね?」


 さっきまでの緊張した面持ちはどこへやら、カリスが目をぱちくりとさせて俺らの顔を交互に見る。


 勇者レイジ。やがてどこぞに復活するらしい「魔神」とやらを倒すべく、世界を旅している聖剣の担い手。教会によって選ばれた救世の英雄にして、十代特有の甘っちょろい理想を体現したようなガキんちょだ。


「二人って、あの巷で噂の勇者とやらと一緒に仕事したことあるんですか!?」

 声を弾ませるカリスに対して、俺は渋い顔を向ける。


「一緒じゃねえよ。たまたま居合わせたんだ、たまたま」

「……食堂でな。酒の入ったロブが勇者たちに絡んだんだ。『勇者だかなんだか知らねえが、未熟なガキどもは家に帰れ』って具合にな」

「おい、テート! てめえ、その話はすんなって言っただろ!」


 立ち上がって抗議するが、このポンコツ魔術士は聞く耳を持たない。


「で、あとはもう、売り言葉に買い言葉だ。『ベヒモスは僕たちが討伐します』って宣言した勇者に、ロブが『あんな牛野郎、俺らだけでやってやらぁ!』とか啖呵切って。俺はあの時ほど、この馬鹿とパーティを組んだことを後悔した日はない」

「馬鹿ですねえ、ロブさん」

「しょうがねえだろ……。酒の勢いだったんだよ……」


 思い返すだけでも恥ずかしい。次の日の朝を迎える頃にはすっかり酔いも覚めて、頭を抱えるしかなかった。だが、大勢の客の前で勇者相手に悪態をついた手前、「やっぱりやめた」とは言い出せず……。

 カリスはすっかり呆れた様子だ。


「二人とも、よく生きて帰って来られましたね」

「全くだ。二人してビビりながら森に入って、すぐだぞ? ベヒモスに見付かったのは。奴が雄叫び上げて突進してきた時は、さすがにもう終わりだと思ったよ」


 本当は森の入口付近を探索して、それで終わりにするつもりだったのだ。「森には行ったが奴はいなかった」と証言する為に。だが、ベヒモスは俺たちが想定していたよりもずっと人里の近くまで進出してきていた。

 冒険者十数人で挑んで全く歯が立たなかった“暴牛”相手に、こっちはDランクの枯れたオッサン二人である。敵うわけがない。「まあ、逃げるわな」と俺が呟いて、テートが首肯する。カリスは腹を抱えて笑っていた。


「そこで、勇者サマの登場、ってわけですね?」

「間一髪だった」と、テートがくすりと微笑む。


 逃げる俺たちとすれ違うようにして、聖剣を構えた勇者がベヒモスに飛びかかっていった。

 不意の一撃を浴びせた勇者に続いて、今度は大盾を持った女の重装戦士が奴の鼻先を押さえにかかった。虚を突かれ体勢の崩れたベヒモスの横っ腹を、銀色の矢と風の刃が襲いかかる。精悍な面構えをした弓使いの男と、小柄な女魔術士が俺の側に立っていた。テートのいる方に目を向ければ、銀髪の女治療術士が補助魔術を行使している。

 全員がB~Aランク相当の実力だという勇者パーティは、皆若く才能に満ち溢れていた。一糸乱れぬ連携には、各人の持つ実力に対する絶対の信頼感が透けて見える。


 痛みに暴れ狂うベヒモスはなおも抵抗を見せたが、パーティは怯むことも諦めることもなく果敢に立ち向かっていった。

 一進一退の攻防が続く様を、俺たちは遠くから眺めている事しかできなかった。そして、ついには勇者の剣が奴の首に届き、戦いは決着した。


 気付けば、俺とテートは二人で歓声を上げていた。

 英雄とはかくあるべきだと、子供の俺が叫んでいるような気がした――。




「……はしゃぎすぎだぞ、ロブ。で、この後はどうするんだ?」


 溜息交じりにテートが零した。

 自分の口元が緩んでいたことに気付く。思わず昔話に華が咲いてしまったが、目の前の問題が何か解決を見せたわけではない。依然としてモンスターの姿はなく、森には不気味なほどの静けさが広がっている。


「“暴牛”がもういない、ってのは納得したんですけど……。じゃあ、モンスターはどこへ行っちゃったのかってことですよねー」


 干し肉を囓りながら、カリスが尋ねてくる。モンスターがいない以上、パーティの目であるコイツの役割は無いに等しい。すっかり気の抜けた様子で、投げ出した足をブラブラ揺らしている。


 モンスターが本当に一体もいないのなら、これほどラクな仕事はない。このまま進んで薬草採集に勤しむべきだ。

 だが、万が一もある。戻ってギルドに報告するべきか。

 考えるのは苦手だ。俺は黙ったまま、乾燥パンの最後の一片を口に放り込む。すると、横から「あっ」とカリスの間抜けな声が聞こえた。


「一個思い出しちゃった事があるんですけど……」

「どうした、何か気付いた事でもあるのか」


 テートが水を向けると、カリスが遠慮がちに手を挙げる。


「いや、言いにくいんですけど……。でも、ダメか……」

「だから、なんだよ」

「……ロブさん、テートさん。酒場のツケの支払い期限って、明日までだった気がするんですけど」

「「あっ」」

「『踏み倒したら今度こそ殺す』って、酒場のオヤジがキレてましたよね……?」



 ◇



 しばしの休憩を終えた後、俺たちはそのまま森の奥へと進んだ。


 カリスには引き続き前方の警戒を任せ、その後ろから俺、テートの順で歩を進める。落ち葉でジメジメとした地面は柔らかく歩きにくい。

 秋空の陽光は枝葉に遮られて届かず、目に入る景色は赤と黄色ばかり。時間も方向感覚も狂いやすい場所なので、樹木のあちこちに付けておいた目印を頼りに先へ進む。


 無意識に握り込んでいた手に汗が滲むのを感じる。歩きながら後ろを振り返ると、テートの額にも大粒の汗が浮いていた。俺の視線に気付くと、ごまかすようにローブの袖で顔を拭う。


「……カリスが先行しすぎじゃないか?」

「まったく、モンスターがいないからって気ぃ抜けてんな、アイツ」


 ベテラン二人に比べて、カリスは普段よりも足取り軽く先を行っている。


「警戒を怠るな、と言ったんだけどな……」

「まあ、考えなしに動けるのは若い奴の特権だわな。後で説教してやろう」


「それは良い」とテートが相づちを打ったところで、前方を行くカリスが足を止めた。こちらを向いて大きく手を振っている。目的地である薬草の群生地が見えたらしい。


 テートがほぅと息を吐く。俺もまた、ちょっとばかしの肩透かし感を覚えながら歩を進めた。


 前方のカリスは暇を持て余すかのように、手近な大樹に手足を掛けてするすると登り始めた。背の高い樹木の上に立って周囲を見渡すつもりらしい。一応、任された斥候としての役割はきちんと果たすつもりのようだ。


「調子の良い奴め」とテートの呟く声が聞こえる。俺も苦笑した。


 不意に、樹上のカリスの動きが止まる。どこか、遠くの一点を凝視しているようで――。



 瞬間、()()()()()()()()()()()が襲いかかってきた。



「逃げろッ!!」


 叫びながら、俺たちはカリスの方へと駆けだしていた。


 遙か前方から、轟という地鳴りのような音と、ベキベキと木々の倒れる音が同時に迫ってくる。何かに気付いたカリスが、急かされるように木から飛び降りた。


 巨大な“何か”が、カリスがさっきまで足場にしていた大樹に激突する。

 空気を伝わるその衝撃の大きさに、俺たちは思わず足を止めてしまう。森全体が震えているかのような緊迫感が辺りを包み込んでいた。


 巻き上がった土煙の中から、こちらへ向かって一直線に走ってくる人影を認める。良かった。生きていた。

 安心するのも束の間、その背後では巨大なシルエットが再び動き出そうとしていた。


「カリスッ! 早くこっちに来い!」

「ロブさん!」


 カリスと敵との間に十分な距離が開けたのを確認してから、背後で杖を構えるテートへと合図を送った。再び、前方から地鳴りのような足音が響き出す。


「『フレイムピラー』ッ!」


 杖の先端が赤く輝き、俺たち三人と敵とを遮るように炎の柱が立ち上る。テートが使用できる最大火力にして、広範囲に行使可能な唯一の魔術。それが、炎の中級魔術『フレイムピラー』。


 敵は突如として目の前に現出した炎の前に、その動きを止めたようだ。


 だが、こんなものは足止めにしかならない。それは“一年前”の経験でよく知っていた。


「今の内に逃げるぞ!」


 俺たち三人は脇目を振らずに走り出した。

 立ち上る炎の向こうで、見覚えのある巨大なシルエットが、ゆっくりと揺れる――。

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