★アラフォーオッサンの冒険者ライフ ~戦乙女に出会って人生大逆転~(1)
――鬱蒼とした木々の間を、男三人で進む。
まったくもって色気のない話だが、そういうパーティなのだから仕方がない。そもそも、自分だってこのどうしようもない「むさ苦しさ」に一役買っているのだ。
「やっぱり、女の子が一人は欲しいですよね」
樹上から弓術士のカリスが声をかけてきた。
「……全くだ。野郎ばかりで秋の森へピクニックとは、昔の俺が聞いたらむせび泣くだろうな」
「俺は今泣きそうですけど。ていうことで、ロブさん。次は女の冒険者を仲間に加えましょう!」
俺は頭をがしがしと掻いてから、「そうだな」と適当に応じる。
こんなオッサンだらけのパーティに一体どこの女が興味を示してくれるというのだろう。アホのカリスはなおも「できれば巨乳が良い」だとか無理難題をほざいている。
だが、まあ気を紛らわせるには丁度良い話題か。
「テート、お前は仲間にするならどんな女がいい?」
隣を黙って歩く魔術士のテートへと水を向ける。テートは相変わらず神経質そうな顔で視線を上に向けると、「美人で無駄口を叩かない弓術士」とだけ答えた。俺が首肯すると、「ひどい!」という言葉とともにカリスが樹上から飛び下りてきた。
「で、無駄口叩く弓術士のカリス。上から見た限り、モンスターの姿はあったか」
テートの問いに、カリスは首を横に振った。
「全然ですよ。普段なら山程いるようなワーラビットすらいません」
「そうか。……ロブ」
「ああ。一旦、足を止めるぞ。作戦会議だ」
三人揃って足を止める。首筋をたらりと一条の汗が流れた。
魔術士のテート、弓術士のカリス、そして剣士の俺。全員Dランクのへっぽこ底辺パーティ、それが俺たちだ。
かれこれ四十年以上の付き合いになるテートは、同郷の幼馴染みだ。信仰心が篤く、冷静でケチなパーティの頭脳。ちなみに魔術士を名乗ってはいるが、使える魔術は炎属性の中級一つと低級二つの計三種類しかない。魔力量も年々落ちてるポンコツだ。最近は魔術で戦う姿よりも、杖をぶん回してる姿ばかり見てる気がする。
弓術士のカリスはまだ二十歳そこそこの若造だ。半年前、俺たちと長いことパーティを組んでたバンチってジジィが現役を引退し、その代わりにと紹介されたのがコイツだった。
親子ほど歳の離れたヒヨッコと上手くやれるか心配だったんだが、これがなかなか面白い奴で気に入った。若いくせに肝が据わってる。何かがきっかけで経験を積めば、いっぱしの冒険者にはなれるかもしれない。が、本人が勉強嫌いな上に、お調子者ときてる。弓の腕もヘタクソだ。
そして、そんな馬鹿二人を束ねてる大馬鹿野郎が俺だ。子供の頃の俺は、村の長老たちが語る『ロキ神話』やら『ハルト帝建国譚』やら『戦乙女伝承』やらの英雄譚が大好きだった。そんな物語の「英雄」に憧れた俺は、十五歳を迎えたその日にテートと二人で故郷を飛び出した。
冒険者ギルドは、俺たちみたいな夢見る田舎者でも快く受け入れてくれる唯一の場所だった。
あの頃は、若さに任せて沢山の無茶をやった。オークのコロニーに突撃して返り討ちにあったり、山賊に捕まって土牢に閉じ込められたり、酒の勢いで受けたデススコーピオンの討伐依頼をすっぽかして逃げ帰ったり……。
そして、大して芽が出ることもなく歳だけ食って、気付けばラクな依頼ばかりこなすようになってた。今じゃあ、錆び付いて枯れたオッサン剣士だ。
けれど、今もまだこの「冒険者」という肩書きにしがみついちまってる。
気の合う仲間たちと適当に日銭を稼いで、酒場のツケでちびちび安酒を飲んで、ほろ酔い気分で宿に戻って汚えベッドで倒れるように寝る。地に足着けた生活に戻れないのは、今の暮らしに満足しちまってるからか。
それとも、幼い夢をまだ捨てられないからか。
生暖かい風が森全体を揺らし、木の葉がガサガサと耳障りな音を立てる。だが、生き物の声は全く聞こえない。
そもそも、今回の依頼は森の奥地での薬草採集だった。
こういう地味な依頼は、金を稼ぐのには向かない。だが、誰かがやらなきゃみんなが困る。ということで、俺たちのように実力も意欲も向上心もないパーティにお鉢が回ってくる。
もっとも、仕事の内容には全く不満はない。採集場所は「ウェスティア大森林」。森にはモンスターが多数発生するが、どれもこれも雑魚。冒険者ならよほどの間抜けでもない限り死ぬことはないだろう。命を張らずに小金が手に入る、冒険者にしては真っ当な依頼ってところだ。
――そう、いつもなら。だが、今日はそうもいかないらしい。
「どう考えるよ、お前ら」
手近な大樹の根に腰を下ろして、俺は仲間二人に意見を求める。
「いくら何でも、森が静か過ぎるとは思わねえか?」
「同感だ。森の入口から目的地まで、もう半分以上は進んだはずだ。だが、ここまで出会ったモンスターはといえば……」
「ジャイアントバグ一体だけですね」
基本的に、冒険者は依頼と直接関係のない戦闘は避けるものだ。戦闘による装備の損耗、体力や魔力の消耗、怪我したり最悪命を落とすリスクだってある。割に合わないのだ。
俺たちパーティも普段は足の速いカリスに斥候をやらせて、モンスターとの接触を極力避けながら進む。
一ヶ月前にこの森へ薬草採集に入った時も、そのようにして依頼をこなした。とはいえ、進路上どうしても戦闘を回避できない場面というものは必ずあるわけで。前回は行きと帰りで、計六体のモンスターを倒したはずだ。
だが……。今日は戦闘を避けて道を迂回することはなく、にも関わらず、未だ一体としか遭遇していない。モンスターどころか、野生動物すらいない。これは偶然か?
「それに、あのバグ。やけに好戦的でしたよね? 必死というか」
そう、妙だった。俺は腰に下げた長剣の柄を撫でる。
あの時、ジャイアントバグは真っ直ぐにこちらへと突進してきた。
俺は突進をかわしながら剣を抜いて、下から胴体めがけて斬り上げてやったのだ。奴の柔らかい腹部に剣がめりこんだ感触を覚えている。俺の一撃を受けて地面に落ちたバグは、やがて小さな魔石を残して消滅した。
森の中でワーラビットやジャイアントバグと戦うのはいつものことだ。だが、この二種のモンスターは通常三、四体の群れで行動する。今日みたいに群れからはぐれた一体と偶然鉢合わせることもあるが……。そういう場合、奴らはそそくさと逃げて行ってしまう。
危険と知りながらあえて飛び込んでいくなど、アホと若造のすることだ。モンスターにとっても、それは同じらしい。
なら、何故。
俺たち冒険者よりも危険な存在が森にいて、そこから逃げようとしている――?
「まさか、例の“暴牛”とやらがまだ生きてる……とか?」
顔を強張らせたカリスが、隣の根に腰掛けてそう呟く。
一陣の風が吹いて、ガサガサと葉が擦れる耳障りな音だけが残った。