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★正しい呪いの在り方(1)

 とても嫌そうな顔をするリホさんを宥めてから、エリックさんを加えた三人であらためて乾杯をした。


 エリックさんは一息にエールを飲み干して、「くぅ~」っと息を漏らす。気持ちの良い飲みっぷりに私が「おぉ」と感心すると、お酒の飲めないリホさんが「ぐぅ」と悔しがった。

 どうだと言わんばかりに自慢げな顔を見せる彼は、どこか幼い頃の弟を彷彿とさせるようで、とても微笑ましかった。


「やっぱ、疲れた身体にはエールが一番っすね。ね、ナギさん?」

「そうですね」

「へ~。エリックさん、お疲れなんですかぁ? じゃあ、お酒なんか飲むより、早く休んだ方が身体のためですよぅ。乾杯はしましたし、もう帰っていいですからね~。早く帰ってすぐ寝て、また明日から依頼頑張ってください~」

「……それもそうですね。エリックさん、無理して私たちに付き合う必要はありませんからね」

「い、いえ! 自分、元気なんで! 最後までお供しますよ!」

「? そうですか。無理はなさらず」


 そんなやり取りをしている内に、先ほど頼んでおいた料理が運ばれてきた。

 皿から立ち上るのは、何度となく嗅ぎ慣れた甘く芳醇な香りだ。鼻腔をくすぐるその香りに、私は自分が空腹であったことをようやく思い出した。


「これって、“フレンジー”トーストってやつっすか?」

「ええ。フレンジートーストサンドです」

「ナギせんぱい、こればっかり頼みますよね~。お昼も毎日のように食べてますしぃ。って、エリックさんは知りませんよね~あはは」

「ぐっ。そんなに美味しいんですか、これ」


 フレンジートーストといえば、一口大に千切った麦パンに糖蜜・獣の乳・クコ酒を混ぜ合わせた卵液を吸わせ、牛脂を引いたフライパンで焼き上げる料理のことを指す。帝国の初代皇帝が考案した後、市井にも広がった物らしい。

 帝国東部では誰もが知る家庭料理の一つだが、エリックさんの故郷のある西部ではあまり普及していないそうだ。材料の糖蜜が手に入りにくいからだろう。


 食べ方は様々だが、私は塩味のある具材を挟む「サンド」という食べ方を好む。

 ここ「豊穣亭」では、両面に焼き目を付けたトーストを半分に切った上で、青々としたリーフに柑橘のソース、辛く味付けた串焼きの鳥肉を挟んで提供してくれる。

 甘さと辛さ、ほどよい酸味。柔らかなパンの食感と、歯ごたえのある鳥肉の存在感。


 己が味覚の全てに訴えかけてくれるようなこの一皿は、どうも人によって好き嫌いがはっきり分かれるようだが……。

 どこまでも効率的で無駄がなく、片手で口にできる簡便さもあって、私はこの料理がとても気に入っている。


「ん~。豊穣亭といったら、この甘くて辛くてクセがあって舌がおかしくなりそうな味! まさに、ナギせんぱいの味って感じ!」

「私の味ではないです、お店の味です」


 ところでその口ぶりは褒めてるんでしょうか、とリホさんを追及しかけたところで、エリックさんの視線に気づいた。

 物欲しそうに私の口元を眺めるエリックさんは、やはりどこか弟と似ている。どうも世話焼き心が顔を覗かせてしまって、私は食べかけのフレンジートーストの乗った皿を、彼の前についと差し出した。

「あ、あ~っ!!?」と、何故かリホさんが驚いたように椅子から立ち上がる。


「え!? お、俺がくくくく口付けても、い、良いんすか……!?」

「? よろしければ、一口どうぞ。食べかけで申し訳ないのですが」


 男の子とは常にお腹を空かしているものだと、弟を持つ私はよく知っている。エリックさんも確かリホさんとそう歳は変わらず、まだ十代後半だったはずだ。


 エリックさんは皿をくるくると回転させながら逡巡する素振りを見せ、それからようやく手に取って、私が口を付けた部分を僅かに掠るようにがぶりと噛みついた。

 頬いっぱいにトーストを詰め込んだエリックさんが、幸せそうにモゴモゴと口を動かす。

 そんなに美味しそうに食べてくれるならと、私は給仕を呼んでさらに二皿同じ物を頼んでおいた。


「ま、まさにナギさんの味……」

「? 私の味ではないです。お店の味です」

「エリックさんのヘンタイ! サイテー! うらやま! 異端者! 裏切り者! ウガルゥ!」

「リホちゃん、何と言ってくれも良いっすけど! 親父殿とは一緒にしないでくださいよ!」

「そこ!?」


 何がきっかけか、二人がああだこうだと言い合いを始めたので、両者の頭頂部をばしりと叩いて仲裁する。歳も近く特別仲が良いのは構わないが、お店に迷惑の掛かる行動は控えてほしい。


 急に静かになった二人に気付いたのか、遠くのテーブルにいた男性客が「ひぃっ」とか細い悲鳴を上げた。


 ようやく落ち着いて話ができる、と私は心身の疲れを追いやるように浅く息を吐き出した。

 エリックさんにきちんと確認を取っておかねばならない事があったのだ。彼の回答如何によっては、すでに組み上がっていた明日の予定について、大きく変更を加える必要が出てくる。


「エリックさん、一つ質問を」

「はい! 何でしょう? あ、恋人なら今いないです!」

「そうですか、それは頑張って下さい。お尋ねしたかったのは、ウガルゥさんのことです」

「え゛!? ど、どうしてそこで親父殿の名前が……ま、まさか……」

「ダメですよぅ! ナギせんぱい、それはダメですよ~!!」


 何を勘違いしたのか分からないが、二人が再び騒ぎ始めたので、もう一撃加えて静かにさせた。


「さて。質問しても良いですか」

「ど、どうぞ……」

「痛ぃ~……」

「エリックさんがここにいるということは、ウガルゥさんも既にエステルに戻って来ているのでしょうか?」


 頭頂部を擦りながら、エリックさんは不思議そうに「そうっすよ」と返してくる。


 ……なるほど、こちらの想定を軽々と上回ってくるとは。

 討伐対象はあのサイクロプスだった。さしものウガルゥさんといえど、依頼の完了には期日いっぱいを要するものと見込んでいたのだが……。


 帰還まで七日も掛からないとは、あまりにも早すぎる。

 もちろん、彼に限って討ち漏らしや虚偽の報告ということもないだろうが。


「サイクロプスの依頼って、あれですよね~? Bランクのエリックさんの“お兄さん”連中が、束になっても敵わなかったっていう」

「そうっす。“兄上”たちは、今はホームで療養中っすね」


 信じられないことだが、ウガルゥさんの“子供”はエリックさん一人ではない。

 ウガルゥさんの不思議な誘いに乗ってその“子供”となった者は、私の把握している限り、この街の中だけでも十人はいる。東部全域にまで視野を広げれば、その数はもっと増えるようだ。

 彼ら疑似家族の内、そのほとんどが冒険者だ。“子供”として日の浅いエリックさんを除いて、彼ら“子供たち”はいずれもC、Bランクに籍を置いており、ギルドにとっての主戦力でもある。


 そんな彼らがパーティを組んでなお討伐に失敗したとあれば、サイクロプスの強さは本物であったはずだ。


 ……だが、荷物持ちとしてウガルゥさんの依頼に同行したエリックさんによれば、戦いは数刻の内に決したらしい。彼の黒鎧には傷一つなく、息も上がっていなかったと。


 一体、彼は如何にして敵を屠ったのか。リホさんも興味があったようで、前のめりになって、エリックさんの語る「強者の戦い」に耳を傾けていた。


「親父殿が背負ってる、あの大きな戦槌あるじゃないですか?」

「ありますね~。ミスリル製だかいう、重そうなの」

「あれに、グワーッと! 分かります? もう、地面がグワングワン揺れて舞い上がって!」

「ぐわ~? ぐわんぐわん?」

「俺、ビビって立ってらんなくて。そしたら、ズバーッと、グワシャーッって!」

「ずばーっ、ぐわしゃーっ……」

「そいで、とうとうサイクロプスがアバーッて! ドゴーンで、バラバラァ、ブシューッすよ! すごい!」

「へー」


 ……説明、下手すぎませんか。

 リホさんはすっかり興味を失ったようで、給仕の男に声を掛けて追加のエールと果実水を頼んでいた。

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