表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/70

★家族に会いたいだけなのに

「ナギせんぱぁ~い! 待ってくださぃ~」


 一日の仕事を終えて真っ直ぐ家路に就こうとしたところで、不意に呼び止められた。ギルドホールから外へと繋がる扉に手を掛けたまま、首だけで振り返る。

 声の主は新人職員のリホさんだった。急いで帰り支度を整えたらしい彼女は、わざとらしく肩で息をしていた。


「どうかしましたか、リホさん。業務に関する質問なら、勤務時間内にしてほしいのですが」

「違いますよぅ。今日は、ありがとうございました~! あの、村長さんの件」

「いいえ。それが私の役割ですから」

「だとしても、ですよ~。その……、カッコ良かったです。尊敬してます、ナギせんぱい」


 桃色の髪をくりくりと指先で弄びながら、彼女は潤んだ瞳で私を見つめてくる。


 半年前から一緒に働き始めたリホさんは、まだ十代半ばだという。どこぞの商家の家出娘らしく、読み書き計算が出来るとのことで、ギルドマスターが拾ってきたそうだ。

 実際に仕事の覚えは早く、平時の業務は問題なくこなしている。

 今日のような客への対応については経験と割り切りが必要であり、向き不向きもある。私に頼る方が正解であり、特別お礼を言われるようなことでもない。


 全て業務上の範囲内で、私が汚れ役をすすんで買って出るのも、ただの適材適所に過ぎない。

 だが「助けてもらった」と感じた側は、それでは気持ちが収まらないもののようだ。


「お礼にぃ、この後一緒にご飯食べに行きませんか~? もちろん、私が奢りますから~」

「……申し訳ありませんが、弟が私の帰りを待ってますので」

「えっ、おとうと??」


 私が弟を理由に使ったところ、彼女は不思議そうに首を傾げた。三十近い女が誘いを断る文句としては、いささか不適当であったかもしれない。

 バツが悪くなった私は、言い訳をするように伸ばしっぱなしの前髪を撫でつけた。こういう時、半分でも顔が隠れているのは非常に都合がいい。


「行きましょうよ~。せんぱいが『行く』って言ってくれないなら、私、寂しくて泣いちゃいますからね~」


 そう言うやいなや、彼女は私の手をぱっと取って弱々しく握った。まだ居残って仕事をしている他の職員たちの、探るような視線を感じる。

 甘ったるい声に、とぼけた話し方、明るく人懐っこい性格に、愛くるしい容姿。男性職員や男性冒険者たちが熱を上げるのも頷ける。そして、同僚の受付嬢たちがそれを快く思わないのも。


 そんな彼女に、私は何故か慕われている。らしい。

 らしい、というのは身に覚えが全くないからだ。

 リホさんのことを特別丁重に扱ったつもりも、可愛がったつもりもない。職場の同僚に対する以上の感情は持ち合わせておらず、業務上必要な会話以外でこちらから話し掛けることもまずない。彼女に限らず、誰に対してもそういう態度で接しているからこそ、「冷血女」だのと囁かれてしまうのだが。


 だが、彼女の方は違う。休憩時間が一緒になれば、個人的な話をあれやこれやと聞かれ聞かされる。とって付けたような理由で食事に誘われるのは、今日で何度目か分からない。


 今となってはうっとおしさよりも、「やれやれ仕方のない子だ」と感じる気持ちが強くなっている。情が移るのは良くないことだと、分かってはいるのだが。


 私が渋々頷いたのを見るや、彼女はぱぁっと華やいだ。


「……後輩に奢らせるわけにもいかないでしょう。自分の分の代金は自分で払いますから、それでも良ければ」

「本当ですかぁ~!? やった~、ナギせんぱいとデートだ~」


 全身で嬉しさを表現するかのように、リホさんはぴょこぴょことその場で跳ねる。それから、人目も憚らずに私に抱き付いてきた。


「……暑いから離れてください。皆さんが見てます」

「えへへ。熱々なところを見せつけちゃいましょうよ~」

「……」


 もし年の離れた妹がいたならこんな風かもしれない、などと益体もないことを考えてしまう。

『姉さん、僕のこと忘れてない!?』とプンスカ怒る弟の姿が頭に浮かんで、私は思わずくすりと笑んでしまった。


「え~、ナギせんぱい。どうして笑うんですか~?」

「……少し、思い出し笑いを。それより、お店が混む前に早く行きましょう」


「は~い」という間延びした返事を受け取ってから、私たちは夕陽の落ちて暗くなった街へと繰り出した。

 さて……。帰りが遅くなる理由について、弟にはどう説明したものか。許してくれると良いのだけれど。



 ◇


“東の大都”と称されるここエステルの都は、三日月型の湾を囲むように城壁を備えた港湾都市である。現帝国の流通の喉元とでもいうべき交易の一大拠点であり、この街には良くも悪くも種々様々なヒトとモノが集まる。

 そんな中、私たちが働く冒険者ギルドは都市の中心からはやや外れた場所にあり、これは商人たちへの配慮でもあった。


 善良な市民たちが冒険者に対して抱く印象といえば「社会からのはみ出し者集団」であり、実際のところそれが寸分も違わない。彼らの多くが誇大妄想家か、紛うことなき屑か、頭のタガが外れているか、そんな人間ばかりである。

 商人たちが眉を顰めたくなるのもよく理解できる。

 何せ、そんな彼らを正面から相手せねばならないのが、私たち受付嬢だからだ。


「聞いてくださいよ、ナギせんぱい~! 今日、受付したパーティなんですけどぉ――」


 行きつけの店へと向かう道すがら、私たち二人の間で交わされる話題といえば、仕事に対する愚痴ばかりであった。

 ……いや、その表現は正確ではない。「交わす」のではなく「一方的に放たれる」だ。吐き出しているのはリホさんだけで、私は聞き流しているだけ。話の中、彼女は何人かの冒険者の名前を出して、私はそれに「あぁ」とか「そう」とか適当に相槌を打っていた。


 驚くべきことに、リホさんはギルドに出入りする冒険者だけでなく商人や教会関係者まで、その全てを覚えているようだった。彼女より長く働いている私でさえ、顔と名前が一致する者など全体の四割程度で、残りは記憶が霞がかっているというのに。


「――あ。そういえばぁ、この前()()ウガルゥさんの手続きしたんですけどぉ……。噂には聞いてましたけど、もうホント、あの人最悪ですね! 最悪!」


 唐突に出てきた「ウガルゥ」という名前は、私にとっても四割に該当する冒険者だ。


 ここ帝国東部地域における最強の冒険者にして唯一のAランク、“砂礫”のウガルゥ。

 確かな実力と常軌を逸した人間性を同居させた、黒曜の全身鎧フルプレートを纏う重装戦士。


 ようやく知っている名前が出てきたことと、彼に抱いた印象が寸分の違いなく一致したことに、私は少しだけ安堵した。


「ウガルゥさんを庇うつもりは微塵もありませんが、何かあったんですか?」

「私が普通に受付してたらですよ、急にぬっと顔近付けてきて……。それで、何て言ったと思います!?」

「……あぁ。もしかして――」


「『ほう、お前もなかなかクサいな』って!」

「『お前はクサい。たまらんな』ですか?」


 特に考える間もなく私が正解を口にすると、リホさんはとても驚いたようだった。

「以前、私も同じことを言われた」と種明かしをすると、リホさんは「信じられない!」と叫んだ。それから、抱き付くように私の腕に絡んでくる。


「こんなに良い匂いのナギせんぱいに何て暴言を……!」

「暑いから離れてください」

「じゃ、じゃあじゃあもしかして! その後、ウガルゥから『我の娘になる資格がある。我を()()と呼んでみないか』とか気持ち悪いこと言われたり!?」

「ウガルゥさん、ですよ。……ええ、言ってますね。『今日から我の娘にしてやろう』と。もちろん、丁重にお断りしましたが」

「~っ!! ホント気持ち悪い!」


 エステルで活動する冒険者たち、その中で最も「社会からはみ出している」者は誰かと問われれば、十人が十人、ウガルゥさんの名前を挙げるだろう。


 それほどに、彼の実績と奇行は目立つ。


 ウガルゥさんは、彼の琴線に触れた(クサい)人間の()()()()()()()()。もちろん全くもって理解不能だが、そういう悪癖があるとしか言い様がない。


 本人曰く「父子という関係性が大事で、年齢は関係ない」という彼なりの理屈があるらしく、親子関係を結ぼうとする対象は老若男女問わないらしい。

 同業の冒険者はともかく、私とリホさんみたいな受付嬢、偶然立ち寄った旅商人、年老いた神父、はては依頼人の子供まで。当然、それにまつわるトラブルも非常に多い。

 それでも、きちんと「嫌です」と拒めばその場は素直に引き下がってくれる。とても残念そうに肩を落とすくらいなものなので、そういう意味では分別がある。と、言えなくもない。


 実力が本物である以上、ギルドとしては彼に頼らざるをえないという懐事情もあるが……。

 私にとっては要注意人物であり、極力関わるべきではないということには変わらない。


「リホさんも、ウガルゥさんには気を付けてください。私は未だに顔を合わせるたびに勧誘されてます」

「えぇ~っ、最悪! ムリ! 何なんですか、あの全身鎧フルプレート男! ぜーったい、あの鎧の中ムレて汗臭いですよぅ。あぁもう、想像するだけで鳥肌!」


 身震いをしたリホさんは、寒いわけでもないだろうに更に私へと密着してくる。


「娘になるなら、ナギせんぱいの子供がいい~。それか、妹でもいいです! ナギおねえちゃん……きゃーっ」

「暑いから離れてください」


 彼女のふくよかな胸の感触を腕に覚えながら、私はただただ歩きづらさを嘆くばかりだった。

 ……父親も妹も、私には要らない。弟一人いれば、それでいい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 濃い背景のありそうなキャラたちだなぁ......! ウガルゥ氏の動機がひたすらに気になるw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ