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★懺悔の作法が分からない

「頼む……いや、この通りお願いする! どうか、俺たちの村を助けてくれ!」


 自分よりも二回りも年嵩の男が、床に手をつき額を擦りつけてまで、私に懇願をしている。まるで、神に祈りでも捧げるかのように。

 その様をどこか他人事のように眺めている私は、やはり周囲の囁く通りの「冷血女」なのかもしれない。


 いくら人目のない室内であるとはいっても、彼だって私のようなギルド職員――それもただの受付嬢如きに頭を下げたくはないだろう。


 私と彼がいるのは、冒険者ギルドの特別・・応接室だ。

 小綺麗なテーブルとそれを挟むように備え付けられた革張りのソファだけが異質で、土壁に囲まれた室内には窓すらない。

 ゴツゴツとした壁の質感が醸し出すのは、どうしようもないほどの閉塞感だ。淀んだ空気は妙に薄く感じられ、「この部屋から早く出なければ」という心理的な圧迫を覚える者も少なくはないだろう。


「依頼人の情報を外部に漏らさないため」という名目でこのような造りになっているそうだが、その印象は牢屋か懺悔室に近い。


 ……もっとも、部屋に通された“特別な”お客様方を相手にするには、これ以上ないほどに機能的でもあるのだが。


「もう村は限界なんだ。どうか、どうか、依頼を受けてくれ! 冒険者のお力添えを……!」

「お客様、そのような事はお止めください。頭をお上げ下さい」

「いいや。話がきちんと纏まるまで、俺はここから一歩も動かない!」


 私自身はソファへに腰を据えたまま、足元で小さくなっている男に対し、つとめて事務的な声かけをする。

 東にある小さな村の村長だというその男は、それでも頑なに立ち上がろうとはしなかった。私が色よい返事をするまで動くつもりはない、か。


 村長と名乗るからには、それなりの責任と能力を周囲に示してきたのだろう。そんな積み上げてきたプライドをかなぐり捨てねばならないほどに、彼の村は危機的な状況下に置かれているということだ。

 何があろうとも、この男は成果を得なければ帰れないのだ。

 たとえ道理に反していようとも、守るべき物のためであればどんな強引な手段でも許される。そういう思考の極地に追い込まれた人間ほど、厄介な者はいない。


 なるほど。

 新人のリホさんが「ナギせんぱい、助けてください~」と私に泣き付いてくるわけだ。

 優しいあの娘では、おそらく押し負けてしてしまう。


 ……だが、それではいけないのだ。

 痩せぎすな彼一人の重さ程度で、ギルドの正式な回答を覆してはならない。

 この世はそんなに甘くはなく、優しくもない。ならば、私たちギルド職員に求められる振る舞いもまた、そうであるべきなのだ。


「……何度も申し上げますが、お客様の依頼をお受けすることはできません」

「どうして!」

「お客様の仰るその蛇――特徴からして、おそらくはサーペントですが、ギルドとして設定している討伐の依頼難度はBランク相当となります。ご提示頂いている報酬の額では、冒険者を雇うことはできません」


 クエストボードに依頼を掲示するには、適切な報酬とギルドに支払う仲介料が必須だ。

 冒険者は間違いなく職業人であり、慈悲深い聖職者ではない。昔はそうした風潮もあったようだが、少なくとも現代においては違う。はずだ。


 ギルドの運営方針は従前通り変わるところはなく、金銭の用意が出来なければ冒険者への仲介はできない。


 その旨を懇切丁寧に説明した上で、あらためて「お引き取りを」と告げる。

 いいや、と男は食い下がった。


「い、今は確かに金はない! だが、それは収穫の前だからだ! 土地を荒らすモンスターがいなくなって、きちんと収穫さえできれば、報酬は十分に用意できる。不足分は後から必ず払う。だから!」


 またか。

 これも“特別な”お客様の常套句だ。

 酒場でも雑貨店でも、同じ言葉を店の者に吐いてみるといい。「金は持ってないが、俺の欲しい品を直ぐに用意しろ」と。その先の展開は想像するまでもない。


「……過去には、同様に後からの支払いを約束しながら、依頼完了後にそれを反故にする事案がいくつもございました。ですので原則として、依頼に掛かる報酬は事前に全てお支払いいただく決まりとなっております」

「あ、あんたは、俺たちに死ねと言っているのか!?」

「御依頼の内容に即した報酬をお持ち下さい、とお伝えしております」


 村人の命や生活とは言うが、冒険者のそれとて等しく重いはずだ。立場や職能の違いこそあれど。


「だ、だが、こうしている間にも、あの蛇の化け物が村の者たちを……! あんたは人として、何とも思わないのか!?」

「心中、お察しいたします」

「……ッ!」


 血の通わない私の返答に対して、男は一瞬、怒りの色を見せた。


 そのまま私に殴りかかってでもくれれば、「受付嬢に暴力を振るった」として建物からつまみ出す大義名分ができたのだが……。そう上手くは運ばない。

 彼は憎しみを堪えるように押し黙ったまま、やはり俯いてしまった。


 この男とて、自分が無理難題を口にしているという自覚があるのだ。そういう意味では、他の“お客様”よりも理性的ですらあるといえる。


 魔神復活の噂とそれに伴うモンスターの急激な増加。坂道を転げ落ちるような抗いがたい混乱が、街に国に大陸にと広がっている。

 おとぎ話の英雄に魅せられた愚かな冒険者志望が増え、おとぎ話の英雄を待ち続ける哀れな大衆が生まれた。どちらの人間も現実から目を背けており、ありもしない奇跡に傾倒しているという点では変わらない。


 だが……。

 いかな難敵にも屈しない力を持ち、どんな地位や名誉にも縛られることなく、何ら見返りを求めない無垢なる英雄など、はたしてこの世にどれほどいるのだろうか?


 イグドラ教の剣たる「勇者」も、巷で噂が広がっている「黒髪の戦乙女ヴァルキリー」とやらも、東部の伝説的な英雄「竜殺しのホーキンス」も、大陸西部で活動しているらしい「真の冒険者」なる二人組も。


 それらはただの例外に過ぎない。

 天上に神々がいたとしても、地上に英雄はそうそういない。


「ぼ、冒険者は、モンスターを倒すのが仕事だろう!? それが、少しくらい金が足りないのが何だ。ちゃんと働いて、俺たち弱い者を守るのが筋だろう!」

「……お引き取りを」


 今度は強めに告げて、わざとらしく溜め息を零す。頭を垂れていた男の視線が、私の表情を窺うようにぎょろりと上向いた。


 それを見計らって、私はうっとおしそうに前髪を掻き上げる。銀髪の下に隠していた私の左目が露わになると、男はぎょっとしたように息を呑んだ。


 左目を縦に真一文字に割るように刻まれた、モンスターの爪痕。

 在りし日の私が冒険者を引退するに至った、致命的な一撃の痕跡。


 よく見せつけるように無感情でそれを撫でつけてやると、男の顔がみるみる青ざめていった。私がただのか弱い受付嬢ではないと、ようやくご理解いただけたらしい。


「お引き取りを」

「……っ……!」


 この訳ありな風貌は、こうしたお客様対応の際に十分な効果を発揮してくれる。侮られない、ということは交渉事において最も重要なファクターだ。そういう意味では、ギルド職員という現在の仕事は、自身にとっての天職かもしれない。


 ……もっとも、この古傷のせいで友人も恋人もろくに出来ないのだから、えてして世の仕組みは上手く出来ているとも思う。



 ◇


 死んだような顔をした男を見送った後、室内を簡単に掃除した。


 使い古しの箒を手に、お定まりの順に従って応接室を隅々まで掃き清めていく。ソファやテーブルの下も、掃き残しのないように気を付けながら。


 あの村長が流した汗と涙に濡れて、床にはぽつぽつと染みが浮かんでいる。

 一日とて清掃を欠かすことはないというのに、今日も今日とて、箒の先には沢山の塵が集まった。


 私は職場の環境改善に燃える模範的なギルド職員ではない(むしろ逆だ)し、潔癖な気質があるわけでもない(これも逆だ)。

 かといって、掃除を誰かに強制された覚えはなく、室内に見過ごせないほどの汚れや乱れが目立ったわけでもない。


 こうしたルーティンを課す背景にあるものはといえば、要は私個人の心根の問題だ。信条とでも言い換えて良いかもしれない。


 掃除に没頭することで、私は自身の心中のリセットを図っているらしい。

 辛いことなど初めから何もなかったかのように、応接室に入る前と後の自分が同じになるように、自己を調律する行為。でなければ、降り積もるおりのせいで息が出来なくなってしまう。


 結果的に無碍に追い払うことになる彼ら――お客様方の、その恨みの念に埋もれてしまわないように、私は今日も代替行為に明け暮れる。


 床の塵芥を集めてから、最後に重々しい扉を開け放って、べたべたと湿度と粘度の高い空気を外へと逃がす。


 ――窓があればいいのに。

 いつも、そればかりを気にしている。


※超今さらですが、異世界舞台の回のタイトルに★マークを付けてみました。前々から、続けて読むには視点変更分かりにく過ぎだろなぁと思っていたので。


※ネット小説大賞二次はダメでした! 残念!

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― 新着の感想 ―
[良い点] どちらも儘ならない......そんな中で次はどんな展開で救いが齎されるのか楽しみ!
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