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女神に会えるファミレス(2)

 壁際に設置されたドリンクバーの機械まで行って、そばにあったストロー二本とコップ二つを手に取ります。十種類の飲料が表示されたパネルを前にして、彼女の希望を聞くのを忘れたことに気付きました。


 しばらくパネルの上を指でなぞってから、適当にピンクレモネードとメロンソーダの二種類を選びます。とりあえず、両方とも私が飲みたい物にしました。


 右手にピンク、左手に緑の極彩色の飲料を持って席に戻ると、私は無言で両手のコップを彼女の前に突き出しました。彼女は左右を交互に見比べて、うんうん唸ります。


「いいチョイスだね。んー……」


 やがて、彼女は首を動かしてメロンソーダのストローに口を付けました。その艶めかしい唇に目を奪われかけて、ぶんぶんと首を振ります。立ち去れ煩悩!

 彼女が不思議そうに、こくりと首を傾げました。私は視線の意味を悟られないように、左手に収まるコップをぐいと彼女に押しつけてから、そそくさと定位置へ戻りました。


「もう五月になるけれど、学校には慣れた?」


 席へ着くなり、彼女が尋ねてきます。痛いところを的確に突いてきました。まるでお母さんです。そのように不平を漏らしたところ、彼女は何故か嬉しそうに目を細めました。


「うん、お母さんか。それも良いね。そうすれば、スナオと毎日一緒に居られるんだろう? ……まあ、キミのお姉さんが許してはくれないだろうが」


 くつくつ、と彼女はイタズラっぽく少年のように笑います。


「それで、スナオ。仲良いお友達は出来たのかな?」

「……全然ダメ」

「うーん。どうしてだろう。ボクがクラスメイトだったら、キミみたいなクール系不思議美少女ちゃんの事、絶対放っておかないんだけどね」

「っ……」

「いや、逆に……。高嶺の花すぎて、誰も声を掛けられないとか……」


 それ以上何も言わせないように、わざと音を立ててストローを吸ってみせます。コップの中のピンクレモネードはあっという間に半分に減ってしまいました。

 私が不満そうにしているのに気付くと、彼女は一転して真面目な表情になって口を開きます。


「相変わらず可愛いね、ボクのスナオは」

「……」


 恥ずかしくなって目を逸らした先に、窓ガラスに反射して映る自分の姿がありました。


 細くてつり上がった目が、じっとりと私を睨み返しています。真一文字にぴたりと閉じた口は、見る者に冷たい印象を抱かせる事間違いなし。勇気が出なくて染められなかったミディアムショートの黒髪は、「心の闇」色とでも形容すべきかもしれません。

 その上さらに憂鬱な気分にさせてくれるのが、四月から着始めたこの真新しい制服でした。白と朱を基調にした明るく華やかな色使いが、私自身のカラーと絶望的に合っていません……。


「切れ長で涼やかな目元、儚さを感じる口元と、上品で艶やかな黒髪。憂いを帯びた表情に、エキセントリックな言動。明るく快活なイメージの制服とのアンバランスさが、より一層、キミの魅力を引き立てて――」

「あ、甘い言葉やめて……」


 どう考えてもお世辞です。こういった歯の浮くような言葉を、本人の前で平然と並べ立てられる人なのです。イジワルなのです。

 そもそも、女神のような神々しさと美しさと可憐さを兼ね備えた彼女に比べたら、私など「おしゃれ」を少しかじっただけのミジンコです。月とミジンコです。おしゃれかじり虫です。


「う、うーん。どうして、ここまで自己評価が低いんだろう……。思い込みが激しいせいかな……?」


 ぶつぶつと、彼女は口に掌を当てて何かを呟きます。


「スナオ。キミが思っている以上に、キミは可愛いんだよ」

「や、やめて……」


 美人は遊び感覚でストレートな言葉を投げてはいけません。それは危険球です。

「可愛い」なんてウソ、吐かないで欲しいのです。


 からかわれていると分かっているのに、彼女と目を合わせられませんでした。両手ですっぽりと顔を覆った私を見て、彼女は「あらら」と困ったように呟きます。


「うん……。いつか、ボクの言葉がちゃんと届く日が来るといいんだけど……。まだまだ時間が掛かりそうだね……」



 ◇



 まもなく、注文していたハンバーグ六皿が到着しました。テーブルいっぱいに広げられた皿からはデミグラスソースの焼ける匂いが立ち上り、その香ばしい薫りが嫌が応にも鼻腔をくすぐります。


「良いね。これは味にも期待ができそうだ」


 彼女は満面の笑みでナイフとフォークを構えると、上品な所作で目の前のハンバーグを小さく切り分けていきます。

 透明な肉汁が皿の上にサラリと広がって、肉の中で熱せられて液状に溶けたチーズが、その艶めかしい顔を覗かせて……。彼女は私に断面を見せつけるようにフォークを運んでから、一片のハンバーグを口に入れました。

 「税込850円」というパワーワードが、私の脳内で旋回しています。


「んー、これは当たりだよ。もう二皿頼もうかな……」


 腹の奥から、食欲さんがひょっこりと顔を覗かせます。「夕飯までは我慢! 太るから我慢!」と心の中で呪文を唱えて、その頭を無理矢理押さえつけました。


「……で、今日は何をするんですか」


 些か唐突に、私はそう切り出しました。

 そもそも、私たち二人とも食事がメインでここにいるわけではありません。お客さんが少なく座席の確保がしやすいという理由から、集合場所としてこのファミレスを利用させてもらっているだけなのです。


「ま、いつも通りだよ」


 彼女は少し考えるそぶりを見せてから、つまらなそうに口を開きました。フォークの先端を、私の方へと向けます。


「スナオにはボクの代理として、あの世界で仕事をしてもらう。見ての通り、ボクはハンバーグを食べるのに忙しくて、しばらく動けそうにない」


 ……食事がメインなのかもしれません。皿の上で切り分けられたハンバーグは、すでに半分以上減っていました。


「さて、具体的な話をしようか。今日、スナオには()()西()()の『ウェスティア大森林』へ行ってもらおうと思う。そこには、なんと―― 」


 苦笑いを浮かべる私を置き去りにして、彼女はマイペースに今日の仕事の具体的な説明を始めました。時折飛び出すファンタジー用語(?)が難しくて、私は何度も質問を挟みます。

 彼女はそれに笑顔で答えながら、ナイフとフォークを持つ手は決して休めません。テーブルの上のハンバーグが一枚、二枚とみるみる内に無くなっていきます。その景色はとても壮観です。


「――と、説明は以上かな。さて、準備は良い?」

「はい」


 難しい説明を終えた彼女が、ゆっくりと右手を上げます。向かい合わせに座る私は、ソファーに身体を預けて目を閉じました。



 私たちは友達ではありません。……もちろん、仲間でも恋人でもありません。


 彼女は雇い主で、私は日給7000円のアルバイト。それ以上でも以下でもなく、仕事と給金だけが私たちを繋いでくれています。それでも、私にとってここは特別な空間で、ここで過ごす時間は格別です。


 彼女にとってもそうであってほしいと、どこかで期待している自分がいます。そして、その願いが儚く砕け散る事を恐れる自分も。


 もし、この仕事が無くなってしまったら……。あるいは、私が彼女の望みを叶えられなくなってしまったら……。

 その時には……。二人の間の何もかもが、終わってしまうのでしょうか?



「――それじゃあ、始めようか。()()()()()()簡単なお仕事を、さ」



 この日常が、ずっと続いてほしい。そしていつかは、彼女と――。

 彼女がパチンと指を鳴らす音を合図に、私は深い眠りへと落ちていきました。

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