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神様だって肝を冷やす

 私、進藤素直はウキウキ気分で夢の内容を紙に起こしました。


 くらーけん、倒せました。倒せちゃいましたよ!


 いきなり奇襲を受けて、ぬるぬるの足に捕まっちゃったときは焦りました。あの「ひんやりソード」が偶然刺さらなかったら、さすがに危なかったです。


 あのまま海の中に引き摺りこまれていたら、夢の内容はどうなっていたのでしょう。お祖父ちゃん直伝の海中呼吸術もあるにはあるんですが、あの体勢から使うのは一苦労です。

 きっと息が出来ない悪夢が続いて、冷や汗をかきながら起きるハメになってたんでしょうね。こわいこわい。


 ようやく書き終えた報告書をロキさんに渡しました。「今回は頑張ったぞ」ってアピールしたくて、欄にはビッシリ文字が詰まっています。

「あらら、ずいぶんいっぱい書いたね」なんて、ロキさんが微笑みました。


「書き終わったんだ。おつかれー」

「あっ、湯月さん。ジュース、ありがとうございます……」


 ドリンクバーに行っていた湯月さんが戻ってきました。優しい彼女は、私の分のお代わりドリンクまで取りに行ってくれたのです。

 持ってきてくれたカルピスソーダに口を付けます。他の炭酸飲料に比べて、カルピスソーダは柔らかくて舌に優しい感じがするんですよね。それと、なんだか青春してるなーってソワソワ浮ついた気分になれるのが好きです。


 ロキさんは私の書いた報告書と自分のスマホとを交互に眺めて、真剣な表情をしています。読み終わった後にはきっと、喜んでくれるに違いありません。


 その証拠に、さっきからコロコロ表情が変わっています。

 ハッと目を見開いたり、顎に手を当てて考え込んだり、額を押さえて天を仰いだり、かと思えば腕を組んで俯いたり……。


 あ、あれ? これ、喜んでます……よね?


 はてと首を捻る私の思考を遮るように、対面の湯月さんが声を掛けてきました。


「ねえねえ、進藤さん。率直な意見が聞きたいんだけど、アタシのカラスどう思った? 正直、ブサ――」

「とっても可愛かったです!」

「え、ウソでしょ。可愛い? どこが……?」


 手触りはフェルト生地みたいにもふもふで、UFOキャッチャーの景品のぬいぐるみみたいでした。やたら小さいクチバシと、ゴマ粒みたいなエメラルドの瞳がチャームポイント。全体的にまん丸で、ちょっとぽやーっとした顔付きがラブリーです。

 関連グッズのストラップとか出たら買っちゃいそう……。


 湯月さんは「信じられない」と言いたげに、口元をヒクつかせていました。


「あ、蝶ネクタイとか付けたら、もっと可愛くなるんじゃないでしょうか!」

「ウソでしょ……」

「素晴らしいアイデアだよ、スナオ。早速、次回から実装しよう」

「ウソでしょ!? だったらミサイル付けてくださいよ!」


 何故か悲鳴を上げる湯月さんを、ロキさんが手で制しました。

「今度はボクが質問をする番だね」と、いつもより三割増しの笑顔を向けてくれます。

 むふー、やっぱり喜んでいただけたようですね!


「……クラーケンを倒した、って書いてあるけど。本当に?」

「は、はい! いつもみたいにシューって黒い煙になりました」

「そっか。決め手は『ミストルティン』のようだけど、あれは投擲術だったよね。どんな武器を投げたのかな?」

「ひんやりソードです!」


 正式名称が分からないので、ざっくりした感じに伝えました。ちょっと高そうな剣だったのですが、船にいたお爺さんが「使っていいよ」って言ってくれたので、遠慮なくブン投げたのですが……。


「ひんやりソードて……。えーと、アレです。この前の厨二病っぽい女冒険者が使ってた、氷の剣」

「知ってる」


 湯月さんの方には一切顔を向けず、ロキさんは喰い気味にそう言いました。相変わらず、顔はとってもニコニコです。

 なんかこの感じ……、似てるような。お姉ちゃんを怒らせてしまった時の感じに……。


「あの、ロキさん。わ、わたし……何か、怒らせるようなこと……?」

「やだなぁ、怒ってないよ。ボクがスナオの仕事ぶりについて、一度でも怒ったことがあったかい?」

「……ないです」

「そうだろう。ボクはキミの嫌がることなんて、絶対にしない」

「でも、なんかいつもと、違うというか……」

「それは、うん。キミがクラーケン相手に危ない目に遭ったって書いてあって、ちょっとヒヤリとしたんだよ。それだけのことさ」


 私のことを心配してくれた、ってことなのでしょうか。全部が全部、夢の中の話なのに……?

 なんだか、はぐらかされた気もします。何かを我慢しているような、モヤモヤとした感情を隠しているように見えるのです。

 訝しんでじーっと見つめていると、ロキさんは色っぽく指で自分の唇をなぞった。


「スナオ。キミはボクの宝だ。キミのすべてが愛おしい。だから、辛い目にあったなら何でも言ってね。身も心も蕩けるほどに、もっともっとボクに甘えていいんだよ?」

「あ、甘い言葉やめて……!」


 やっぱり直視できなくて、私は顔を覆ってしまいます。湯月さんの見てる前でもこの調子だなんて、恥ずかしさが倍々ゲームです。


「そんな台詞、よく恥ずかしがらずに言えますね」

「何も恥ずかしいところはないだろう。本心なのだから」

「……いや、流れ弾喰らったアタシが恥ずかしいんですよ」


 仲良くお喋りしている二人を眺めながら、私は安堵の息を吐き出しました。とにかく、怒っているわけではなさそうです。それなら良かった。


 お姉ちゃんのようなお説教タイムにならなくて、本当に良かったです。いえ、お姉ちゃんだって理不尽に叱ってくるわけではなくて、ダメダメな妹を心配するが故の行為なのでしょうが……。


『一人称が『ボク』でブロンドの髪した北欧風女だけはダメ』


 その時ふと、今朝聞いたばかりのお姉ちゃんとの約束事が唐突に蘇りました。


「……あの。今度は私から、質問してもいい、ですか……?」

「うん? どうしたのかな、スナオ」

「ロキさんは、私のお姉ちゃんと知り合いなんですか?」


 報告書の上に置かれたロキさんの白い指が、一瞬ピクリと動いた気がしました。そのまま指はテーブルの中央へと伸びて、余っていたコーンピザの最後の一切れをつまみます。


「――いいや、知り合いではないね。それがどうかしたの?」

「ううん、なんでもない……です」

「ああ、そういえば進藤さん家ってお姉さんがいたんだっけ。うわぁ、会ってみたいなぁ。絶対美人でしょ、絶対」


 にわかに色めき立った湯月さんの陰に隠れるように、ロキさんが身じろぎをしました。彼女が手にしたままのピザから、するりと具材が滑り落ちます。

「あっ」と指摘する間もなく、彼女の着ていた紺のセーラー服の上にマヨコーンがべっとりと落ちてしまいました。


「おっと、しまった」

「あー!? もう。何やってるんですか、ロキさん。シミになっちゃいますよ」


 素早く紙ナプキンを取った湯月さんが、制服の上に落ちてしまった具材を拾い集めます。すぐに取ったとはいえ、その跡にはくっきりと油ジミが残ってしまいました。


「だ、大丈夫ですか? ロキさん」

「ごめん、スナオ。少しお手洗いに行ってくるよ。……ユズ、悪いがキミも手伝ってくれないか?」

「え? ……分かりました。ちょっと行ってくるね、進藤さん」


 ロキさんと湯月さん、二人は連れ立って席を離れて行ってしまいました。私はそれを小さく手を振って見送ります。


 ボックス席にただ一人残された私は、ぼんやりと窓外の景色を眺めました。今は土曜のお昼時、外の幹線道路はいつもより交通量が多いように感じます。行き交う色とりどりの車を指折り数えながら、私はちょっとした疎外感を覚えました。


「そういえばロキさん、全然褒めてくれなかったな……」


 海の臭いがまだ残ってる気がして、私は再び手の甲へと鼻を近付けました。

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