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★氷結剣、世界を知る

 フィルティアがぺしりと払われて海上に落ちた後、海上には一瞬の静寂が広がった。


「う、うおおおおおお!!!!」


 ショッキングな出来事を忘れるように、オレたちは懸命に武器を振るった。

 揺れる足元に意識を削がれながら、不意を衝いて伸びてくる足の攻撃を捌きながら、オレたちは懸命に戦う。生き残る為に。

 一方、余裕の表情を見せるクラーケンは、船上の人間たちへ散発的に攻撃を続ける。獲物を狩るというより、いたぶるように。

 船に絡みついたクラーケンの足は依然として健在であり、その締め付けが緩まない限りは、オレたちの敗北は確定。


 せめて、せめてもう一人。

 まともに戦える人間がいれば……!



「――うわ、でっかいイカ!」



 そんな素っ頓狂な声が、突然空から降ってきた。


 見上げれば、そこには白と朱で彩られた服を着た一人の少女。

 黒髪とスカートを海風になびかせて、空中で静止している。両手に纏う白銀のガントレットが、太陽の光を反射して煌めいた。


 ふと。

 半年ほど前にギルドを騒がせた、あのパーティの珍妙な報告が頭を過った。


『嘘じゃねぇんだよ、バンチのジジィ! ベヒモスが出たんだ! 証拠の魔石だって、こうしてここにあるだろ!?』

『信じてくれよ、バンチさん。俺たちは本当に、黒髪の戦乙女ヴァルキリー様に助けていただいたんだ!』


 かつての仲間、ロブとテートの引退理由。その荒唐無稽な物語。他の冒険者みたいに馬鹿にするつもりはなかったが、しかし信じる気もさらさら起きなかった、それ。


「まさか……、本当の話だった、ってのか?」


 ごくり、と俺は喉を鳴らした。

 黒髪の少女はトントンと階段を下りるように空中を跳ねながら、海上のクラーケンへと近付いていく。


 人間が空中から迫ってくるというまさかの事態を前に、クラーケンは即座に対応した。オレたち船上で右往左往する人間たちへの嫌がらせを中断し、船を絞る三本以外の足全て

を黒髪の少女へと向ける。

 高速で伸ばされた六本の足が、上下左右、全方位から隙間なく彼女へと襲いかかった。


 それに対し、黒髪の少女は右腕を剣にでも見立てるかのように、顔前で垂直に構えた。ピンと揃えた五指の先から、青白い光を湛えた魔力の刃が伸びる。クラーケンの攻撃を正面から迎え撃つつもりのようだ。


 少女の全身に折り重なるように、クラーケンの触手が次々と絡みついていく。あっという間に包み込まれてしまって、彼女の姿は見えなくなってしまった。

 貨物船すらもベキベキと砕くほどの圧だ。少女のか細い身体ではひとたまりもない。

 ――はずなのだ。相手が普通の人間であったなら。


 重なり合う触手の隙間から、まばゆいほどの青い光が漏れ出てくる。


「どっ……せいっ!」


 珍妙な掛け声と共に、少女は自身に絡みついたクラーケンの足を青の手刀で次々と切断していった。光沢のある細かな残骸たちが、ぼとぼとと音を立てて海に落ちていく。海面からは次々と黒い霧が立ち上っていった。


「――――!!!」


 攻撃が通用しなかった事に気圧されたか、声なき声を上げたクラーケンは短くなった足をすぐに引っ込めた。彼女の追撃を警戒してか、船を締め付けていた足すらも引っ込め、全身を海中へと逃がそうと試みる。


 だが、黒髪の少女はそれを許さない。

 少女が空中を蹴る。まるで、見えない足場から飛び降りるようにして、彼女は一息に敵との距離を詰めていく。腕のガントレットが再び輝き出して、さながら流星のように尾を引きながら、空に赤い直線の軌跡を描いた。


「『ぐんぐにる』っっ!!」


 未だ海上に露出したままだったクラーケンの三角頭巾の先端に、少女の赤い拳が突き刺さる。

 豪快な破裂音と同時に大きな水柱が上った。その衝撃で生じた波が船が激しく揺さぶる。

 揺れが収まってから、慌てて船縁へと駆け寄ったオレは、海中へと沈んでいく黒い影を見た。だが、その巨影が消滅する様子はない。少女の一撃をもってしても仕留めきれなかったようだ。

 それでも、奴が大きなダメージを負った事だけは間違いない。


 人智を超えた破壊力。それを実際に目の当たりにしてしまった以上、もはやロブたちの言葉を信じないわけにはいかなかった。


 空中をウサギのように跳ねながら、黒髪の少女がこちらへと向かってくる。

 やがて、オレたちのいる船上へと軽やかに着地した彼女は、何かに気付いたように自分の身体を見回し始めた。


「何これぬるぬるする……」

 全身を粘液でテカテカと濡らした黒髪の少女がぼやく。


 気安く声を掛けて良いものか、ためらってしまう。

 そんなオレたちの気まずさを見透かしたかのように、もう一つ別の声が上空から聞こえてきた。


『進藤さん、やっと追い付いた! やっぱりこれ、操作難しいんだけど……』


 黒髪の少女を追い掛けるように、一羽の小さな鳥がぎこちない動きで舞い降りてきた。

 スズメ……いや、カラス?

 全身を真っ黒に染めた掌サイズの小鳥は、パタパタと旋回しながら黒髪の少女の肩へと止まった。キョロキョロと首を回して、その鉱石のような緑の瞳で船上を見渡している。


『あ、こんにちは! アタシたち、怪しい者じゃないんですよ。どう見ても怪しいですけど、信じてください。へへへ』

「お、おう……?」


 小カラスが喋った!

 くぐもって不明瞭だが、若い女を彷彿とさせる甲高い声音が耳に残る。


『というか、進藤さん何で制服なんだろ? いやそれより、なんかテカテカしてるけど……。大丈夫?』


 再びカラスが口を開くのに対し、「シンドー」と呼ばれた当の黒髪の少女は「だいじょばないです」と口を尖らせた。


「心なしか生臭い気もする……」

 すんすんと、少女は白と朱の奇抜な着衣へと鼻を寄せた。


「イカ臭いです」

『……進藤さん、その言い方はその、やめよっか』

「? どうしてですか、湯月さん」

『いや、なんというか。えっと……。ヌメヌメテカテカした貴女が言うと、とてもえっちぃというか……って痛い痛い!』


 どたばたと慌ただしい音が聞こえてくる。パカパカと開閉を繰り返すカラスの口から。


『ちょっと、叩かないでくださいよ! スマホ落としちゃうじゃないですか!』

「? 湯月さん。どうかしたんですか」

『ボクが許可したのはスナオを手伝うことだけだ。誰がセクハラをして良いと言った!』


 すると、カラスが今度は別の少女の声色で喋り始めた。

 黒髪の少女――シンドーは、こくりと首を傾げてから、肩に止まったままのカラスを掌の上に移す。


「ん……? もしもーし、ロキさん、湯月さん」

『大体がだ、ユズ。いくら私服とはいえ、その露出の多い格好は何だい? そんな太もも見せつけるようなはしたない姿、ボクのスナオが真似をしたらどうするんだ!』

『ファッションですぅ。それを言うなら、ロキさんは――って、ひゃん! 変なところ触らないでくださいよっ!』

「もしもし!!?」


 ロキ。今、その名を口にしたような……。

 ――まさか、ロキ神と会話しているのか?

 カラスを通じて天界とのやり取りをしている、とでもいうのか……?


 カラスの小さな身体を食い入るように見つめながら、シンドーは矢継ぎ早に質問を飛ばしている。当のカラスはといえば、その深緑の目玉をチカチカと明滅させながら、不自然なぐらいに首がぐりぐりと回転させていた。


 ……何がなんだか分からない。頭が痛くなってきた。

 誰か、教えてくれ!


「……なんで、なんで()()()()がこの異世界に……?」


 ようやく船上へと引き上げられたフィルティアが、ぼそりと何かを呟いた。


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