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予想外シグナル

 私、進藤素直はもごもごと口を動かしています。


「ウソだろう」


 冷製ペスカトーレを食べ終え、コーンピザをもう一切れ頂こうかどうか悩んでいたところで、ロキさんがぽしょりと呟きました。


 どうしたのだろう、と目で様子を窺った私は思わず首を傾げてしまいました。

 私から見ても分かるほど、ロキさんは戸惑いの色を浮かべていました。いつの間に取り出した青いビー玉(?)を、眉間に皺を寄せながら覗き込んでいます。

 そして、私にも聞こえるギリギリの声量で「あの小娘が……」と漏らしました。


 何かあったのでしょうか。


「どうかしました?」湯月さんがロキさんの肩をぽんぽん叩きます。それを合図にハッとして顔を上げたロキさんは、いつもの柔らかな表情に戻っていました。

 私と目を合わせたかと思うと、にっこりと微笑みます。


「……ごめんね、スナオ。ちょーっと、食事を中断してもらわないとダメかもしれない」

「? はい」

「お仕事の時間だ」


 その言葉を受けて、ピザへと伸ばすかどうか迷っていた手を引っ込めることができました。ちょっとだけ未練はありますけど、カロリーのことを考えれば、むしろちょうど良かったかもしれません。

 いや、そもそもカロリー計算するならピザ食べちゃダメなのでは……。


「やっぱり、問題が発生したんですか」と湯月さんが問いかけます。

「遺憾ながら」とロキさんが応じました。


「単純な戦力比較でいけば、勝ちは得られずとも負けはしない布陣だったんだが……。どうも状況が変わったようだ。不確定要素が悪い方に作用した」


「ふかくていようそ」? いつも通り、ロキさんの話は難しくてちんぷんかんぷんです。

 一方、湯月さんも曖昧に頷いているようですが、それでも私よりは話の内容を理解できているように見えます。これが学力の歴然たる差でしょうか。急にテストの答案返却が不安になってきました。


「スナオ、今日キミにやってほしいことは一つだけだ」

「は、はい」

「とある貨物船を護ってほしい。その船は今、クラーケンに襲われている」

「くらーけん?」


 すると、ロキさんがペスカトーレの具材のイカを、上からぐさりとフォークで刺しました。これはたぶん、今日のお相手はイカですね……。

 そこで「あれ?」と思い、口を挟みます。


「……倒さなくて、いいんですか? それとも、倒しちゃダメ……?」

「いや、排除できるならそれが一番良いんだけど……。スナオとはとても相性の悪い相手だから、アレを倒しきるのは難しいと思う」

「うーん?」

「難しく考えなくていいんだよ。船を護ること、特にバンチという老人を助けること。それが主目的なんだ。それさえ叶えてくれたら、ボクは満足さ」


 ロキさんが念を押すように片目でウインクします。反射的に「分かりました」と返事をしてしまいましたが、頭の中では別のことを考えています。


 うーん、ロキさんの口振りですと「倒しちゃダメ」ではないんですよね。

 相性が悪いと言われても、いまひとつピンとこないのもあります。そもそも、イカと戦うイメージなんてしたことないですし。なんとなく素手で触るのはイヤだなぁ、ってくらいなものです。


 どうせ夢の中。相手は空想上のモンスターですし、負けるの覚悟で戦ってみるのも良い経験になるのではないでしょうか。お姉ちゃんにも『まだまだだね』なんて言われちゃいましたし。

 ――もし、その「くらーけん」を倒せたら、ロキさん褒めてくれるかもしれませんし。


 やるだけやってみようか、と私は決心を固めます。

 拳を握る私に気付くことなく、ロキさんは湯月さんへ別の仕事を振っています。

 ……そういえば、湯月さんも今日からバイトメンバーなんですよね?


「ユズはフギンを起動したら、ボクの指示に従って飛んでくれ。近海を航行してるもう一隻の位置と距離を確認したい」

「分かりました」

「あ、あの……。ところで、湯月さんは何をするんですか?」

「あー、そっか。進藤さんには説明してなかったね。アタシの場合は、スマホを操作してブサいカラスのアバターを――」


 隣に座るロキさんが、話を遮るように湯月さんの脇腹を突きました。「ひゃあ」という喘ぎ声と同時に、彼女が飛び上がります。

「にゃっ、何を!?」と真っ赤な顔で抗議する湯月さんを、ロキさんは手で制しました。


「――スナオ、睡眠学習って知ってるかな?」


 ロキさんのその問いかけに、私は大きく頷きました。

 よく存じております。専用の音声データをヘッドホンで聞きながら寝るとあら不思議、翌朝には驚くほど学力が上がってます。ってアオリ文句のやつですよね。

 もちろん昔一度だけテスト前日に試してみたことがありますが、翌朝目が覚めたときには勉強サッパリ眠気スッキリ点数ガッカリでした。そんな上手い話はないのだと思い知った、中学二年の夏。


「実は、これは某国の大手ベンチャー企業が開発中の、世界でも類を見ない画期的な技術なんだけど……。睡眠学習の理論を応用したアプリで、他人の夢の内容に直接介入できるようになったんだ」

「え、某国? 介入?」

「脳というものは常に微弱な電気信号を放っている。その信号をこちらのユズのスマホでキャッチして内容を画面に投影。逆にユズがスマホを操作すれば、スマホから発せられた特殊な電気信号をスナオの脳がキャッチして、夢の中にユズのアバターを登場させることができる。これを利用すれば双方向での意思疎通が――」

「ふ、ほへぇ」


 スラスラと淀みなくロキさんから発せられる言葉は、まるで濁流のように轟々と唸りを上げて私の脳内に襲いかかってきました。その流れの激しさに抗えるほど、私の頭は頑丈でもなければ柔軟でもありません。


「――という技術を用いて、今日からユズがキミのアシスタントを務める。いいね?」

「あっ、ふぁい……」


 理屈についてはサッパリ分からないので、思考を放棄することで脳をスッキリさせることにしました。せっかく説明してくれてるというのに、ロキさんもガッカリでしょう。


「よし、では始めようか。二人とも、準備はいい?」

「おっけーです」

「……はい」


 ロキさんがすっと右手を上げて、パチンと指を鳴らします。


 ゆっくりと微睡む意識の中、二人の交わす言葉が聞こえてきました。だけど、内容が全然頭に入ってきません。右から左へと流れていってしまいます。


「……あんなウソ、咄嗟によく出てきますね」

「ボクを誰だと思っている。キミもよく知る北欧神話のロキだよ?」

「説得力あるなぁ。そうやって、ヘズ神のことも騙して――」


 やっぱり、睡眠学習なんてアテにならないんだなぁ……。

 なんてぼんやり思いながら、私はソファーの上にびたーんと横になりました。



睡眠学習は夢がある

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