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赤き大海を風と往け

 私、進藤素直はお昼ご飯のメニューに悩み中です。


 ファミレスといえば、一番の特徴はそのメニューの幅の広さでしょう。

 洋食が看板に当たるのではないかと思いますが、最近ではちょっとした和食や中華も取り扱っていたりします。付け合わせにご飯もあればパンもありますし、サイドではサラダやポテトやスープも扱っています。それから、目移りしてしまうほど美味しそうなスイーツ軍団!


 どうしましょう。

 あれもこれも美味しそうです。ですが、どれも決め手には欠けるんですよね……。


 テーブルの上に広げられたメニュー表を、湯月さんがゆっくり捲りました。次に開かれたのはパスタとピザのページで、彩り豊かで食欲をそそられるメニュー写真たちが、今か今かと指名を待つように整列していました。


「むー」

「スナオ。気にせずに何でも頼んでもいいんだよ。悩んでるメニューがいくつかあるなら、全部頼んでしまおう。一口食べて気に入らなければユズに押しつければいい。残飯処理も彼女の業務範囲内だ」

「アタシの扱いがヒドすぎる」

「それでも余ってしまうようなら大地に還してしまえばいい。キミの口に合う料理を作れなかったことを、キッチンスタッフは大いに後悔するだろう」


「いや、絶対しないでしょ……」と、湯月さんがツッコミを入れました。

 私もぶんぶん首を横に振ります。そういうのは良くないことだと思います!


 自分が食べたい分だけ口にしてあとは残す、なんてあまり褒められた食事の仕方ではありません。食材がムダになってしまいますし、何より作ってくれた方に失礼です。

 もし私がコックさんの立場で、一生懸命作った料理をポイっと捨てられてしまったらと思うと……。とても悲しくなってしまいます。


「ふむ、そうか。……確かに、それはそうだね」

「それに、環境問題的にもNG行動じゃないの、フードロスってやつ」

「あぁ。そういえば、この世界には今そんな課題が設定されてたんだったか。忘れてたよ」

「忘れてたって。ロキさんは人類を発展させ――じゃなくて、人類全体の発展に貢献したいんじゃなかったんですか?」

「別に、そんなものに興味はないよ。ボクはただボクの宝さえ無事なら、あとはどうだっていい。対岸が火事になっていようとね」


 なんだか含みのある問いを投げかけた湯月さんに対して、ロキさんは普段よりもぶっきらぼうに答えます。両者の間に急にピリッとした緊張感が走った気がして、私は気が気ではありません。


「なんかそれ、無責任に聞こえますけど。この前のことといい」

「勘違いしてもらっては困るな、ユズ。人類の責任なんだから、それを負うのはキミらだけだ。それでもボクらの手を借りたいなら、毎日真摯にお祈りでも捧げるんだね」


 あ、あれ。お二人とも息ぴったりでしたし、仲良しだったんじゃないんでしょうか。それとも、いわゆる友達同士の何でも言い合える関係性って、こういうことなんでしょうか……?


 そもそものきっかけは、私がいつまでもお昼ご飯を決められないせいです。

 えーと、えーっと……。


 その時ふと、メニューの片隅に「期間限定」という文字を見つけました。


「ひんやりパスタ エビ・イカ・ツナのペスカトーレ風」。

 つい先日から販売を始めたらしいその新商品は、夏をイメージさせる水色の背景に囲まれて、浮かび上がるような存在感を示していました。


 私はそこに添えられた商品説明のアオリに釘付けになります。

『酸味のあるトマトソースをベースに、エビ・イカ・ツナの豊富な魚介を召し上がーレ!』


 その一文を目にした途端、全身に電流が走ったような気がしました。


「こ、これ!!!」


 不穏な空気を醸し出す二人の注意を引くように、私は大げさにその真っ赤なパスタを指差しました。


「ぺか、ぺしゅ、ぺすかとーれ? これにしましょうっ。みんなで『召し上がーレ』ですカトーレっ!!」


 張り詰めた空気を引き裂くように、私の小粋なギャグが炸裂します!

 笑いは一服の清涼剤とはよく言ったものです。私の巻き起こす笑いの風がボックス席に吹き荒れて、ロキさんたちの熱くなった心を冷ましてくれることでしょう。


「……」

「……あ、うん」


 ……あれ?

 二人はしばらく目を逸らした後、何事もなかったかのように会話を再開しました。


「ふむ、冷製パスタか。少し早い気もするが、季節を先取りするのも悪くないね」

「冷たいやつですよね。実はアタシも前から興味ありました」

「え、あの……ですカトーレ……」

「なら、これにしようか。ボクは八皿食べるつもりだけど、ユズは何皿頼むんだい?」

「いや、一皿で充分ですよ……って、それなら私別な物注文するんで、そっちのパスタもちょっと分けてください」

「……ぁの……反応して……」


 恥ずかしくて泣きそうな私を残して、注文内容はトントン拍子に決まっていきました。

 寒い風がボックス内に吹いたことだけは、確かなようですが……。



 ◇


「うん、これはなかなか……」


 ペスカトーレを口に運んだロキさんが、満足げに息を漏らしました。次にゴロッとしたエビをフォークに刺して一口。鷹揚に頷いています。


 テーブルの中央には湯月さんが注文したコーンマヨピザが一皿、その周囲を囲むように八皿の冷製ペスカトーレが並んでいます。まるで大きな赤いお花が咲いているよう。

 圧巻とでもいうべき食卓の風景を前に、湯月さんは若干引き気味です。私もロキさんも店員さんさえもすでに慣れっこなので、もはやテーブルの上がお皿でいっぱいになる程度では驚きません。


「いただきます」と手を合わせてから、まずは私もペスカトーレに手を伸ばしました。


 トマトソースとツナの絡んだ真っ赤なパスタの海で、輪切りのイカと小ぶりのエビがいくつも泳いでいます。中央にはバジルの葉がちょこんと添えられており、その鮮やかな緑が見た目の美味しさをいっそう引き立てています。

 水色の透明なパスタ皿も可愛らしく、涼やかで爽やかな印象です。


 ちらとロキさんの方に視線を向けてみれば、なおも優雅な所作でフォークを動かしています。

 湯月さんも小皿に取り分けたペスカトーレを口にして「あ、美味しい」と呟きました。


 冷製パスタ、その実力やいかに。いざ、実食です。

 輪切りのイカにフォークの先端を刺して、そのままくるくると回していきます。トマトソースとツナをたっぷり纏わせ麺が絡んでいき、お皿の上でゆるやかな渦を作っていきます。荒波に翻弄される船のように、中央のバジルの葉が赤い大海を流れていきました。


 巻き上がったそのパスタたちを、意を決して口に運びます。その瞬間、私の舌の表面を冷たくも豊かな海の潮風がそっと撫でた気がしました。


「ん~~~っ!!」

「美味しいかい、スナオ。くくっ」


 私は頷きます。何度も何度も頷きます。


 冷たくサッパリとした口当たりながらも味はぼやけておらず、むしろそれぞれの食材を鮮明に感じられます。

 柔らかめのパスタは歯切れがよく、ツルツルとした食感です。ソースが麺自体にも染みこんでいるおかげで、トマトの酸味を強く感じられます。にんにくと鷹の爪でしょうか、時折ガツンとした風味が顔を覗かせています。

 そして、メインである魚介の旨味。存在感のあるエビとイカに目が行きがちですが、このパスタの主役はツナです。ツナの油分がパスタの表面を滑らかにすると共に、トマトと魚介の橋渡しをしているのです。何より、冷製料理とツナの組み合わせは相性抜群。


 あぁ、とっても食べやすいだけに、フォークが全然止まらない!


 口いっぱいにパスタを頬張る私を見つめながら、湯月さんもまた何かに納得したように大きく頷きました。


「こりゃあ、ロキさんが何でも食べさせたくなるわけだ……」

「分かってくれたかい? ユズ。ボクはもうすっかり、あの笑顔のとりこだよ。可愛くて仕方がない。目の保養さ」


 二人がこそこそと言葉を交わしていますが、もはや私の意識はそちらには向いていません。

 美味しいご飯があれば、それだけで人は幸せになれると思います。ツナおいしい。

 湯月さんに断って、コーンマヨのピザも一切れ頂きます。んー、コーンもおいしい!


「……仕事の話は、スナオが食べ終わってからにしようか。この幸せの時間を、みすみす手放すのは惜しい」

「え、大丈夫なんですか?」

「不確定要素はあるが、急がなくても問題はないはずだ。なにせ、あの船には――」


似非グルメ小説。

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