女神に会えるファミレス(1)
私、進藤素直は致命的なレベルでコミュ力が不足しています。
事故現場から十分に距離を取ってから、立ち止まって息を整えました。
トラックによる衝突事故発生の通報を受けたのでしょう、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきました。
反射的に、電柱の陰に隠れます。まるで、犯罪者にでもなったような気分です。実際、現場から逃走したのは事実なので似たようなものかもしれません。そんな罪悪感まみれの私には気付かず、パトカーは走り去って行きました。
本当は「被害者」として事故の聴取に立ち会わないといけない気がするのですが……。なるべく考えない事にしました。
「よーし、気にせず目的地へ向かうぞー」と小さく声に出して、歩き始めます。顔は真っ赤で、心臓は普段の三倍速くらいで脈打ってます。
そう。今日は放課後、アルバイトの予定があったのです。
並木道を抜けた先は道が二つ別れていて、そこを右に曲がれば私鉄のターミナル駅である水流駅が見えてきます。去年改装を終えたばかりの駅舎は真新しく、駅前広場には噴水も設置されています。
普段なら放課後は駅へと直行する私ですが、今日は別れ道を曲がらずにそのまま直進しました。踏切を渡った先にある、レンガ調の舗装が可愛い水流駅前商店街へと足を向けます。といっても、女の子たちの集まるドーナツショップや、オシャレで知的なカフェには目もくれません。
ローファーが奏でるコツコツという足音をBGMに進むと、やがて交通量の多い幹線道路へと出ます。そこから五分ほど歩いたところに、目的地のファミリーレストランがあるのです。
点滅する横断歩道を急いで渡って、お店の前までやって来ました。
二階建てのこのファミレスは、有名チェーン店にもかかわらずいつもお客さんがまばらです。駅から少し離れた場所にあるのと、少しお高い価格設定のせいでしょうか。階段を上る際、ちらりと横目に捉えた一階の駐車スペースは、やはりいつも通りがらんとしていました。
それでも、人見知りな私はお店に入るだけでも緊張してしまいます。今日も入口の自動ドアの手前で五分ほどうろうろしてしまいました。このファミレスへ足を運ぶのもかれこれ五度目となりますが、未だに慣れません。
それでも、この場所に足を運んでしまうのは……。
「や、来たね。スナオ」
もう一つの悩みの種こと、“彼女”のせいなのです。
その日もまた、彼女は窓際のボックス席に座っていました。
子猫のように愛らしく大きな目元に収まるのは、どこか憂いを帯びたコバルトブルーの瞳。鼻筋はすっと通っていて、唇は薄く、けれど大人の色気を感じさせます。腰まで届く長髪は、うっとりするほど綺麗で光沢のあるブロンド。窓から差し込む陽に照らされて、宝石のような煌めきを辺りに散りばめています。
容姿だけでいえば十代半ばくらいでしょうか。子供っぽい印象と大人っぽい印象が、絶妙なバランスで同居しています。残念ながら、正確な年齢は知りません。謎です。
すらりと長い四肢を包んでいるのは、どこかの高校の制服です。どうやって手に入れているのか、顔を合わせる度に着ている物がころころ変わります。謎です!
本日は古風な趣きのあるセーラー服を着用していました。スカートから覗く足は白く透明感があります。同性の私でも目のやり場に困ってしまいます。謎ですっ!
どの国のどの人種にも属さない、全人類の最良のパーツを組み合わせたかのような、作為的とさえ感じる程の美形少女。
そんな彼女が、私を待っているのです。待ち合わせ場所に現れた私に向かって、はにかんで手を振ってくれるのです。
ぎこちなく、小さく、手を挙げて私はそれに応えます。
……ファミレスに居合わせた他の客たちからの視線が痛いです。「お前みたいな万年ぼっち女が何故あんな美少女と待ち合わせているんだ」という、無言の圧力をビシビシ感じます。私は足早に彼女の待つボックス席へと足を運びました。
「今日は遅かったね、スナオ。授業、長引いたのかい?」
「……うん」
短く答えながら、私は彼女と向かい合うように座りました。安っぽい布張りのベンチシートは、腰を下ろすとぐぐっと身体が沈み込みます。なんだか自分が太ったかのような錯覚を抱いてしまうので、いつも複雑な気分にさせられます。
席に着いた私が肩掛けのスクールバッグを下ろすのを待ってから、彼女は店員の呼び出しボタンを押しました。テーブルの上にはすでに空になっているコーヒーカップと、ハンバーグのページが開かれたままのメニュー表が置かれています。
まもなく、眼鏡の男性店員が恐る恐るといった様子で近付いてきました。
「えーっと、この『プレミアムチーズinハンバーグ』をください」
メニュー表の上を滑る彼女の指先へと視線を這わせば、『オースラリア産ビーフ100%使用!』の文字が躍っています。値段はといえば……。見てはいけない金額でした。
「スナオは? ハンバーグ食べる?」
食べるわけありません。
「……ドリンクバーだけ、で」
「遠慮しなくていいんだけどな。じゃあ、この娘がドリンクバー単品で、ボクがハンバーグ六つで!」
一瞬ピクッと動きが止まった店員さんでしたが、すぐに笑顔を取り戻しました。オーダーを復唱して、「六つ」が聞き間違いでないときちんと確認した上で、店員さんは去って行きました。
一ヶ月も通えば、店員さんたちも慣れたものです。近頃は、彼女の奇妙な注文にもほぼ動揺せず対応してくれるようになりました。
もっとも、不思議美少女による大量注文なんてそうそうお目にかかれるものじゃありません。店員さんたちの間では、決して解けない日常の謎と化しているのかもしれないのです。
そう、謎。謎です。
知り合ってからもう随分経つのに、分からないことばかりです。どこに住んでいるんですか、とか。通ってる学校は、とか。誕生日は、とか。そもそも何歳なんですか、とか。私と会わない日はどこで何をしているんですか、とか。
……我ながら恥ずかしいことを考えています。彼女を前にすると、ついついそんな事ばかり考えてしまうのです。この落ち着かない気持ちを、どう消化したら良いのでしょう。
赤くなりそうな顔を見られたくなくて、私はドリンクを取りにそそくさと席を立ちました。