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人生はスキだらけ(2)

「ごめん、ごめん。久しぶりに手合わせしてみたくなっちゃった。てへっ」


 ぺろりと舌を出すお姉ちゃんはとっても可愛いけれど、全く油断はできません。こんな風に鍛錬中に奇襲を仕掛けてくる日は、たいていその一回では終わらないのです。曰く「スーちゃんの慌てる姿を見るのが好き」なのだそうで。

 お祖父ちゃんから手ほどきを受けた者同士ですし、正面からならほぼ互角に戦えると思うのですが……。


 お姉ちゃんを視界から外さないように気を付けながら、壁沿いに歩いて少し距離を取ります。拳を軽く握り込んで、いつでも迎撃できるように準備。

 一方のお姉ちゃんはといえば、すっかり構えを解いてしまいました。ツカツカ壁際まで歩いていったかと思うと、手にしていた木刀を元の場所へと戻します。


「……それで、どうかしたの? お姉ちゃん」

「そうだった。スーちゃん、リビングにスマホを置きっぱなしだったでしょ」

「あっ、うん」


 そう言うと、お姉ちゃんはピッと床の間を指差します。

 安っぽい模造刀のそばに、いつのまにか私のスマホが置かれていました。 


「今さっき鳴ってたよ。お友達からの誘いとかかもしれないし、スーちゃんしばらく道場から戻ってこないだろうから、気を利かせて持ってきたんだよ」

「えっ!」


 私に連絡をくれる方なんて、指折り数えるくらいしかいません。もしかしたら……。

 思わず床の間へと駆け寄ってスマホをタッチすると、ロキさんから待望のメッセージが届いていました。アルバイトのお誘いです!


「なんだか嬉しそうだね、スーちゃん。遊びの誘いだったの?」

「う、うん。そんなところ」


 お姉ちゃんには相変わらずアルバイトのことを伝えていないので、曖昧な返事を返すしかありませんでした。

 しかし、それが彼女の好奇心をビリビリに刺激してしまったようです。

 頬を赤らめたお姉ちゃんが、むふふと下品な笑みを浮かべました。エプロンのポケットから取り出したブルーライトカット眼鏡をスチャっと装着します。


「もしかして、好きな人からの連絡とか!?」

「ぽぅっ!?」


 お姉ちゃんは「まぁ! まぁまぁ!」なんて口に手を当てて大げさに驚きます。それから音もなく急接近してきたので、私は慌ててスマホを自分のポケットにねじ込みました。


「えー! 相手はどんな男の子なの!? 中学の頃の同級生とか!? 塾が一緒だった子かな?」

「あっ……ち、ちがくて……えっと……」

「もしかして女の子!? 高校のカッコいい先輩とか? きゃー! 女子校あるあるだもんね!」

「お、お姉ちゃん……」

「大丈夫だよー。お姉ちゃんは、スーちゃんが女の子好きになっても驚かないし、いっぱい応援するからね!」


 勝手に「きゃぴきゃぴ!」っと盛り上がるお姉ちゃんを前に、私にはなすすべもありません。両手を大きく振って精一杯否定してみましたが、あんまり効果はないようです。


 どうしたものかと頭を悩ませていたところ、「あ、でも」と少しだけ落ち着きを取り戻したお姉ちゃんが呟きました。

 なんだろうと思って目線を向けると、そこには先ほどとは打って変わって冷たい笑みを浮かべたお姉ちゃんの顔がありました。


「一人称が『ボク』でブロンドの髪した北欧風女だけはダメ。ソイツと付き合うのだけは何があっても絶対許さないから。覚えておいてね」

「っ!?」


 なんですかそのピンポイントすぎる縛り!?


 頭の中では、ロキさんがその美しい長髪を掻き上げながら『ボクはあやしくないよ!』とアピールしています。


 あまりにも特徴が合致してるんですけど、偶然でしょうか……?

 それとも、二人は知り合いなのでしょうか。実は犬猿の仲とか、終生のライバルとか、誰かの仇とか、前世からの因縁とか……?

 でも、そんな話聞いたことありません。顔だけは似てるのが進藤姉妹なので、ロキさんが妹の存在に気付かなかったとも思えないのですが……。


 ちなみにちなみに、なんでダメなんでしょう。そのことを尋ねたところ、お姉ちゃんはこれまた深い恨みでも抱えてそうなしかめ面になります。


「傲慢で人を騙してばかり。人間を見下してる最低な奴だから」

「そうなの?」

「スーちゃんも、そういう特徴の女がいたら近付いちゃダメだよ。良いように利用されるだけだし、危ないから。いいね?」

「う、うん」


 やはり曖昧に頷く私を、お姉ちゃんは心配そうにじーっと見つめてきます。


 うーん、分かりません。

 イタズラ好きな方ですし、人を騙すっていう部分は当てはまる気がしますが……。

「傲慢」とか「見下してる」っていうところは、ロキさんとは当てはまらない気がします。いつもとても優しいですし、私のお話しも楽しそうに聞いてくれますし、頑張ったらいっぱい褒めてくれますし、失敗しても慰めてくれますし……。


 やっぱり別人のお話でしょうか。

 そっくりさんのお話かもしれません。偶然にしては出来過ぎな気もしますが、明らかに特徴が合ってませんし。うん。

 その、もし仮に、そのお付き合いとか? いや、ないですけど。もし、そうなったとしても? うん、何も問題ないですね。いや、そんな予定はないですけど?


 ――ところで、一人でうんうん納得している私の頭からは、もうすっかり「奇襲」の二文字が消えてしまっていました。


「……ふふふふ、隙あり」


 あれ、視界からお姉ちゃんが消えた。と認識した次の瞬間にはもう、私の身体の天地は逆さまになっていました。

 ゆっくりに感じる滞空時間の中、目だけで下を見遣れば、屈んだ体勢から足払いを決めたお姉ちゃんの姿が見えました。


「ぶぺっ」


 反射的に頭は庇ったものの、情けない断末魔を残して、私は仰向けに道場の床に叩き付けられました。背中いたいです!

 腰の反動を使って跳ね起きようとした私の上に、お姉ちゃんが馬乗りになります。フレアスカートがまくり上がるのも気にならないようで、白くて綺麗な膝が見えました。


 喉元スレスレのところにビシッと拳を突き付けてきます。

 ここからの挽回は不可能なので、私はあっさり負けを認めました。


「参りました……」

「相変わらず搦め手には弱いなぁ。まだまだ修行が足りませんね、スーちゃん。ふふっ」


 得意満面、充分満足したらしいお姉ちゃんは、ようやく私を押さえる力を緩めました。仰向けのまま荒く呼吸している私を残して、入口に残したサンダルをつっかけます。


「あ、スーちゃん。お昼はどうする? 今日はパスタの予定だったけど」

「ごめん。友達と外で食べてくる」

「おっけー。じゃあ、あとで何時頃帰るか連絡頂戴ね」


 手をひらひら振りながら、お姉ちゃんは道場から出て行ってしまいました。


 再び激しく動いたせいで、全身にはじんわりと汗の玉が浮かんでいます。床に放りっぱなしになっていたタオルを取って、額や首回りを拭っていきます。

 そこでふと気付いて、湿ったタオルに鼻を押し当ててくんくん嗅いでみました。

 ……。

 これは生乾きタオルの臭いでしょうか、それとも私の汗の臭いでしょうか。

 自信が持てないので、念入りにシャワーを浴びてからファミレスに行きましょう。


 来週からはもう六月。

 いつのまにか春は過ぎ去って、季節はもうすぐ夏になろうとしています。


姉妹のじゃれあい(強)


※ストック尽きそうなので、次回から週1更新ペースになるかもです

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