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異世界(※スマホ対応しました)

 急な呼び出しメッセージから約20分後。

 駆け込むように例のファミレスへとやって来たアタシを待っていたのは、コーヒーブレイクと洒落込むロキさんだった。


 彼女は真新しいスマホを片手で操作しながら、優雅にカップを傾けている。とてもじゃないが、緊急の用件があるようには見えない。


「で、いきなり呼び出して何の用ですか?」

「まぁ、座りなよ、ユズ」


 アタシは空のソファーにでんとバッグを置いて、ロキさんと向かい合う格好で腰を下ろした。

 スマホ画面へと視線を落としたまま、彼女が口を開く。


「スナオの為に勉強会とは、すまないね。あの子の勉強嫌いについては、ボクもなんとかしなければとは思っていたんだが」

「……当然のように知ってるんだ」

「そりゃあ、当然さ。神様だからね。キミがあまり勉強の役に立たなかったことも知っているよ」


 アタシはがしがしと頭を掻いてから、店員の呼び出しボタンを強めに押した。


「言っておくが、ボクが奢るのはドリンクバーまでだ。スイーツが食べたければ自分で頼んでくれ」

「今日は料理頼んでないんですね」

「食事はただの手段だから。スナオと暖かな心の交流を図るための。そして、ボク自身の欲求を満たすためでもある。あの子が物欲しそうに皿を眺めている姿、それがたまらなく好きなんだよ。本当に、嗜虐心をくすぐられる……」


 ロキさんは恍惚とした表情を浮かべながら、口元に近付けた自分の指に舌を這わせた。

 そのあまりにも妖艶で淫靡いんびな振る舞いに、アタシは思わずどぎまぎしてしまう。注文を取りに来たモサい眼鏡店員も、テーブル横で固まっていた。

 店員の存在に気付いたロキさんが、一転して無表情になる。


「えーと。ど、ドリンクバー、お願いします……」


 気まずい空気の中、アタシが注文を伝える。

 ようやく金縛りが解けたモサ眼鏡が「ほ、他にご注文は?」と掠れた声を喉からひねり出すと、ロキさんは「ない」と冷たく応じた。


 モサ眼鏡は肩を落としながら、バックヤードへと下がっていく。去り際、「挟まってしまった……」と後悔の呟きを残していった。いや、挟まってないから。


 ロキさんに一言断って、アタシはドリンクバーへと足を運ぶ。コップに大量の氷と冷たいカフェラテを注いでから席に戻るも、彼女は未だスマホとのにらめっこを継続中であった。


 ボックス席に、沈黙の帳が下りる。


 理由は分からないが、どうも今日のロキさんは不機嫌に見える。


 大好きな進藤さんがいないから? それなら、八つ当たりもいいところではないか。

 結局、アタシだけを呼び出した理由については、全く説明のないままである。


 こんなことなら図書室で勉強を続けるべきだった、とアタシは後悔し始めていた。


 ◇


「……やはり、情報が書き換えられているか。なるほど」


 注いできたカフェラテが半分に減った頃、ロキさんがスマホをなぞる指を止めてそう呟いた。

 いい加減に腹が立って問い質そうとしたところで、彼女はようやくスマホをテーブルに置いた。


「待たせて悪かった、ユズ。少し確認と調整の必要があってね」


 ロキさんが小さく謝ってくる。そういえば、アタシの考えてることなんて全て筒抜けなんだっけ。ある意味で、取り繕ったり気を遣ったりする必要がないのは、楽なことかもしれない。

 アタシの心中を察したようで、彼女はフッと息を漏らす。


「キミは話が早くて助かる。そういう対応力と柔軟性を、今後もスナオのために発揮してくれ。それから、アルバイトの中でも」


 アルバイトだって!? それは聞き捨てならない。


「……イヤです、ってか無理ですよ! 異世界なんて!」

「ユズ。キミはスナオの仕事に対して、ずいぶんと否定的な印象を抱いているようだが……。悪いが、サポート役としてのキミの起用は決定事項だ」

「起用って、まさか、やっぱり、アタシも強制転移!?」


 大して意味はないだろうに、アタシは反射的に自分の身体を抱いていた。

 だが、ロキさんは「話は最後まで聞いてくれ」と、呆れた様子で首を振る。


「そもそも、キミみたいなコミュ力と勘の良さだけが取り柄の低ステータス女子高生を送り込んだところで、何も出来ずに死んで終わりだ。キミの将来の夢は、大地の肥料にでもなることなのかい?」


 散々な言われようだ。

 だが、正論すぎるので何も言い返せない。アタシは友人関係とテスト勉強に悩む、ただの普通の女子高生だ。

 ぐぬぬ、と歯がみするアタシを見ながら、ロキさんがコーヒーをすすった。


「スナオと同等の仕事など初めから期待していない。あの子が特別なだけで、普通の人間は向こうの世界への転移や転生をした時点で、こちらへは戻って来れなくなるんだ。往復は不可能」


 なら、アタシが異世界で出来ることなんて何もないではないか。


 すると、ロキさんがアタシに向けて手を差し出してきた。「スマホ」と一言呟いて、掌をくいくいと動かす。

 意味が分からず、アタシは「へ?」と聞き返してしまった。


「だから、スマホを渡してくれ」

「いや、普通にイヤですけど」

「……キミが四日前から漫画アプリで読み始めた『ゆりゆりだいありー』に興味があるわけではないよ。一応言っておくけど」

「一応言わなくていいっ!!!」


 しぶしぶ、アタシはポケットからスマホを取り出す。ロックを解除してから、差し出された白い手の上にそれを乗せた。

 ロキさんはアタシのスマホを、何の躊躇いもなくスイスイと操作し始める。


 ……簡単に渡してしまってから思うのもあれだが、非常に不安である。


 何をしてるのか覗き見ようと席を立ち上がりかけたところで、ロキさんはひょいとスマホを返してきた。今の一瞬で何ができたというのだろう。

 しかし、変化はすぐに分かった。色とりどりのアイコンが並ぶホーム画面の端っこに、見知らぬアプリを発見したのだ。


「何これ、何を勝手に入れたんですか? ヒュジン?」


 翼マークのアイコンで、名前は『Hugin』。見た事のないアプリだ。


 気軽にタッチしかけてから、思いとどまる。スパイウェア的な意味でも信用できないし、物理的な意味でも危なそうなので、とりあえず先に聞いてみることにした。


「『フギン』と読む。キミを向こうの世界でこき使うために準備しておいた」

「まさか、自分で作ったんですか」

「当然だろう。世界に一つだけ、キミ専用の異世界接続アプリだ」

「はぁ」


 ファミレスから異世界の次は、スマホから異世界である。なるほど、進藤さんが信じようとしないのも頷ける。こんな簡単に別世界への扉が開くとは、どこの誰が考えるだろう。ファンタジー感ゼロである。


 何気なく設定画面からアプリサイズを確認してみたら、なんと8GBもあった。容量の圧迫具合すらファンタジーの欠片もないんだけど……。

 抗議の視線を向けてみるが、そんなのを気にする神様ではない。


「ボクの手足となって働けるんだ。世界規模の貢献だよ。身に余る光栄だと、大地に頭を擦りつけて感謝すると共に、涙を流して我が名を讃えるがいい」

「えっと、あざーっす」

「キミ、たった一日で態度変わりすぎじゃないか……? 嫌いじゃないが」


 本日顔を合わせてから初めて、ロキさんが破顔した。

 スマホの通信速度とデータ容量は、時に命よりも優先される。人の心をたやすく弄ぶ神様といえど、女子高生の生態というものへの理解は浅いらしい。


「それで、このアプリで何ができるんですか?」

「向こうの世界の情報総量を変化させることなく、現地での限定的な活動を前提とした仮想生命体を構築できる。……そうだな。分かりやすく言うなら、向こうの世界にキミの()()()()を用意した」

「つまり、ここからスマホでそのアバターを操作して、異世界を冒険すると」

「そういうことになる。ずいぶん説明が遠回りしたが、それならユズにも任せられるだろう?」


 アバター!

 もはやファンタジーを突き抜けてゲームの世界。百木さんとか大喜びしそうだ。


 だけど、忘れちゃいけない。

 画面の向こうに広がる世界が本物で、そこに生きる人たちも本物で、モンスターも本物で。そんな危険な世界なのに、進藤さんは何も知らずに戦っているということを。


 彼女が生き残る手助けをできるというなら、この提案は願ったり叶ったりではないだろうか。しかも、アタシ自身はこちら側にずっといて、ロキさんの言動に目を光らせることもできる。


「くくっ、考えはまとまったかな、ユズ」

「聞かなくても分かるでしょ。やる、やります」


 ロキさんが「よろしい。なら、早速チュートリアルといこう」と大きく頷いた。どこからか取り出した真っ黒なワイヤレスイヤホンを、片手でふんわり投げて寄越してくる。


「ちなみに、キミのアバターは自信作だ。鋭さと可憐さを兼ね備えた、美しいデザインだよ」

「それは……テンション上がりますね」


 ただの女子高生である自分にできることなんて、せいぜい虚勢を張ることくらいだ。

 アタシはイヤホンを両耳に付けると、テーブルに両肘を突くようにして、スマホを横に構えた。

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