フレンドリー・ファイア
私、進藤素直は呻き声を上げながら起き上がりました。
「おはよう、スナオ」
「進藤さん……! 良かった、ちゃんと帰ってきた……」
隣に座るロキさんが私の頭を優しく撫でてきます。対面の席にはクラスメイトの湯月さんがいて、とても心配そうな眼差しで私の事を見つめていました。
「んー……ぉはょ……」
ロキさんのナデナデをちょっぴりくすぐったく感じながら、私は二人に起き抜けの挨拶を返しました。目蓋をこしこし、脳が運転を再開し始めます。
ん……?
ガバッと顔を上げます。やはりそこには、オシャレな小物を身に付けたウェーブ髪の可愛い制服女子。
見間違うはずもありません、クラスメイトの湯月さんがいました。
「ぁっ……ぃ……え!!!? ゆ、湯月さん!?」
何がどうなっているのやら、わけが分かりません。
ロキさんと、湯月さんと、唐揚げのお皿と、私は何度も視線を往復させます。何度見返してもここはいつものボックス席で、窓外の幹線道路には自動車がビュンビュン行き交っていました。
「えっと。落ち着いて、進藤さん。アタシは――」
「ボクら、“友達”になったんだよ。スナオ」
真剣な表情で何かを言いかけた湯月さんを遮るように、ロキさんが口を挟みました。湯月さんはぐっと言葉に詰まってから、「……うん、そうなの」と小さく相槌を打ちます。
ボックス席にしばし沈黙が流れて、人気女優の歌うたどたどしいJポップがその隙間を埋めました。『わたしたち今日から特別ね――』なんて、この場にバッチリとハマるかのような歌詞が、嫌でも耳に残りました。
「と、ともだち……。ともだちってなに……??」
寝起きで掠れた声のまま、隣のロキさんに尋ねてみました。私の頭に置いていた手をどけて、彼女はうーんと首を捻ります。
「言葉の通りだよ? キミが仕事をしている間に、偶然ユズと顔を合わせてね」
「……うん」
「彼女、キミのクラスメイトなんだって? お話しをしている内に、ボクらはすっかり意気投合してしまったのさ。だから、今日から友達」
「へ、へぇ~……」
「ねぇ、そうだろう?」とロキさんが流し目を向けると、湯月さんがぎこちなく首肯しました。ロキさんがニッコリと大きく口元を緩めます。まるで、二人だけにしか通じない合図を送るかのように。
なんでしょう。なんなんでしょう。このモヤモヤ感は。
今、「ユズ」って下の名前で呼びましたよね。「ユズ」って親しげに。
それに、湯月さんも時折何かを言いかけては止めたり、なんだか挙動不審です。妙に汗ばんでいたり、やけに前のめりだったり。私の方を不安そうに眺めたかと思えば、ロキさんの方を真剣な表情で見つめていたり……。
どんどんモヤモヤが膨らんでいきます。
「それでね、スナオ。これは決定事項なんだけど」
私の肩がびくりと跳ねます。
「今後、ユズにもこの集まりに参加してもらおうと思うんだ」
あぁ、やっぱり……。
決定的な一言でした。嫌な想像が当たってしまいました。
「スナオも言っていただろう? 新しいバイトは雇わないのか、って。これは良い機会だと思ってね。ほら、キミにとっても、クラスの知り合いが出来て丁度良――」
「分かりました。私は今日で、クビなんですね」
沈痛な面持ちで、私は答えました。
「それは良かっ――うん!?」
ロキさんの素っ頓狂な声を遮るように、私は両手で耳を塞ぎます。ソファーに足を乗っけて体育座り。そのまま、膝の上に顔を伏せて丸くなりました。慌てた様子のロキさんが隣で何か言っていますが、聞きたくありません。
私は確信しました。確信してしまったのです。
この二人、友達なんかじゃありません!
さっきから何度も意味深なアイコンタクトしてますし、湯月さんが何か言いづらそうにする度、ロキさんが助け船を出しているように見えます。
友達同士のやり取りというよりは、もっと何か……大きな秘密を共有しているような間柄なのです。
ずばり、恋人同士なんですよ!
お付き合いを始めたのは、つい最近なのでしょうか。だとすれば、二人の時間を奪おうとする私の存在を疎ましく思うのは、仕方のない事でしょう。
まして、ロキさんから任された仕事もきちんとこなせず、勘違いでゲヴァさんをボコにする大失態まで演じています。アルバイト失格、解雇不可避です。
……そうです。よくよく考えてみれば、湯月さんとの朝の電車でのやり取りだって、きちんと伏線になっていたのです!
湯月さんはしきりに言っていました。『進藤さんはダメ』『アタシは絶対負けない』と。
あの言葉の意味が、ようやく分かってしまいました。
つまり、ロキさんという素敵な恋人を渡すまいという、彼女の勇気を振り絞ったアピールだったのです。
なのに、なのに私ときたら。そんな健気な訴えに聞く耳を持つ事なく、アルバイトの誘いに浮かれて、ホイホイ釣られて、本当に恥ずかしいし申し訳ない……。
「私は、もう二度と近付きませんから……これからは二人で、おっ、お幸せに……」
あぁ、どうしましょう。なんだか、目頭が熱くなってきてしまいました。
夢の中で、ゲヴァさん相手に再確認してしまったせいでしょうか。
ダメです。これでは面倒くさい女です。
勘違い女です。ダメなんです。
「……ぅぅ……ひっく……」
「ちょっ、え!? スナオ、なんで!? 泣いて、え? ほ、ほらー、こっち向いてー。笑ってー。だ、大丈夫だよー?」
「……っく……ほ゛っ゛と゛い゛て゛ぇ゛ぇ……」
「え、えぇー……」
こんな思いをするくらいなら、草や花に生まれたかったです――。
例の打線ほんとすき。