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★プリミティブ・ラヴ

 私、進藤素直は……!


戦乙女ヴァルキリー様ぁァァアアああっッ!!!!」

「ぁびゃぁぁああぁぁああっっ!!??」


 同時に叫んでました。

 二人分の声が「よーる山」頂を越えて、遠くの山々へとこだまします。


 赤茶けた大地に二つの人影。

 一人目は御存知、私です。学校指定の制服に身を包み、腕には「どらうぷにる」という名の銀の手甲をはめた、ごくごく普通の女子高生アルバイトです。

 もう一人は、突如としてこの場所に現れた、髭モジャ筋肉ムキムキ上裸男です。手入れを忘れたボサボサ茶髪に、禍々しすぎる笑顔を湛えて、全身血と土塗れのヘンタイ戦士。しかも、手には殺傷力の高そうな金属の棍棒を握っています。


 ……整理しましょう。

 今日の私の仕事はグリふぉんたちをばさーっと薙ぎ倒して、その後、徳の高い神父様に会って、ロキさんからのメッセージを伝える。そういう内容だったはずです。


 え、まさか、あれが神父様?

 いやいやいやいや、そんなわけないでしょう。

 いくらここが夢の世界だからといって、私がバカだからといって、「神父」という言葉のイメージと上裸男は結び付きませんとも。もしそうだったら、私の脳内データバンクは緊急メンテナンスが必要なんだと思います。


 ……。


 じゃあ、誰なんだろうこの人!?


 いや、え、原始人!???? 人型モンスター的な!!???


 狼狽する私の様子には気付かないようで、上裸男が右肩に担いでいた金属の棍棒を上段に構えました。


「戦乙女様ぁ……。ずっと、ずっとずっと、ずっとずっとずっと貴女方を追い掛けて参りましたぁ……。苦杯を舐めながらも、今日の出会いを信じ祈り続けた……!」


 え、こわいこわいこわい!

 ストーカー的な!? 誰の!?


 面白いぐらいに震えが止まりません。

 真正面からその禍々しい顔を見るのが恐ろしくて、私は思わず下を向きました。両手の手甲がカチャカチャと小刻みに音を鳴らします。


「笑ってらっしゃる……!? やはり、私の、私めの子供じみた願いが、手に取るように分かるのですねッ!!! 幸い! 幸いなりぃぃぃイイィイ!!」


 口から唾を撒き散らしながら、勘違いした上裸男が天を仰いで叫び始めました。


 に、逃げなきゃ……。

 朝食の時間に聞いたお姉ちゃんの言葉を思い出しました。


『女子高生を狙う犯罪者なんて、世の中いっぱいいるんだからね』と。


 なんと、夢の中にいました!


「届かぬと嗤われながらも、手を伸ばし続けた人生……。積み重ねた研鑽の全てを、御覧に入れましょう。私を、ロキ様の下まで導いてくだされぇぇエエエ!!」


 私に飛びかかってきた上裸男が、そのまま真っ直ぐ棍棒を打ち下ろしてきます。

 私は恐怖で固くなっていた足に喝を入れて、なんとかそれを横に躱しました。


 ところで今、なんて言いました? ロキさんへ導け……!?


「ヒィぃいイヤっはあああぁアアアアッッ!!」


 私の思考を遮るように、間髪入れず棍棒を横薙ぎに振るってきました。

 肘を立てるようにして銀の手甲でその一撃をガード。

 金属同士が激しくぶつかって生まれる不協和音が、キリキリと耳を刺します。


「ロキ、さんに……何の用ですかっ!?」私が問いかけると、


「全てはぁッッ! 我が愛ィイッッ!」と上裸男が応じました。


 棍棒と拳。お互いの攻撃を弾き合いながら、火花を散らして数合打ち合います。


「戦って証明せねばぁぁあアッッ!!」

「そんな事を言ってーっ!!」


 飛び退いて距離を取ったところへ、槍状に固められた空気弾が飛んできます。

 回避する間もなかったので、私は左拳を当てる事でそれを相殺しました。


 気付けば、上裸男が再び肉薄していました。

「棍棒が来る」と身構えた私に対して、武器を持たない彼の左手が迫ってきます。眼前で開かれたその掌の中には、土や砂が握り込まれていました。


 ――目潰し!?

 対応が遅れた私は、まんまと視界を奪われてしまいました。

 ビュンという風切り音。ぼやける視界の中、今度こそ棍棒が迫ってきます。


「『すれいぷにる』っっ!!」


 トントンッと地面と空中を素早く二回蹴って跳躍、攻撃を上方向に回避します。そのまま空から手を伸ばして上裸男の頭を掴むと、空中前転をしながら彼を前に投げ飛ばしました。

 ふわりとその場に着地した私は、目元を軽く擦ります。

 ようやく輪郭を取り戻した視界の中では、地面に片手を付いて投げの勢いを殺す上裸男の姿がありました。


「さすがは戦乙女様ッ。空を舞う妙技、感服いたしました……ひひひっ」


 嬉しくない。

 額の汗を拭う私の前で、彼が首をコキコキと鳴らします。


「やはり……貴女との戦いを越えた先に、私の目指す理想の姿がある。探し求めていた、正しい答えがあるッ……!」


 上裸男はぐぐっと背中を丸めて前傾姿勢を取りました。肩の大きな筋肉が強調され、まるで大型の肉食獣のようです。これまで戦ってきたどのモンスターよりも、強烈で純粋な威圧感が襲いかかってきます。


 一呼吸置いたおかげか、私は少しだけ冷静になっていました。


 この男は「ロキさんへの愛を証明する為に」私に襲いかかってきたようです。

 彼女の側にいたいから、彼女の近くでヘラヘラしている私が邪魔なのでしょう。夢の中で私を倒して、現実の私の身体を乗っ取るとかそういう……?

 なら、この男は悪夢とか悪魔とかそういう類の存在なのでしょうか。


 ――いえ、考えたって分かるわけありません。私、バカですから。


 ただ、私とこの男は似ている気がするのです。


 会えない事に不安を覚えて、でも寂しさからは目を背けて、何でもないメッセージ一つで歓喜して、周りの迷惑なんて顧みなくて。それでもどうしようもなく、彼女の役に立ちたくて、側にいさせてほしくて。


 私は銀の手甲に覆われた両手を、高く構えました。風で乱れた髪が口の端に掛かりますが、もはやそこに意識を向ける事はなく、私はただ眼前の“敵”ただ一人に集中していました。


「あなたは……私と同じです。ロキさんの隣にいたいと願う、私そのもの……」

「そうですとも、戦乙女様。だから、私は……、私めは貴女に勝ってみせますッッ!!」


 だったら、逃げるわけにはいきません。


 ――ロキさんと一緒に過ごす時間を、誰にも渡したくないから。


 男が両腕をだらりと後ろに流しながら、頭から突進してきます。さっきよりも数段速く、私が避けたり逃げたりしようとするのを許さないように。勢いそのまま、私の拳の間合いに入ってきた男は、上体を低くしながら身体を捻ります。


 鞭のようにしなる右腕から繰り出された棍棒を、私は左腕で受けました。手甲の丸みを利用して攻撃を流しながら、男の顔目掛けて後ろ回し蹴りを放ちます。

 彼はそれを避ける事なく、伸びてきた私の足に合わせて緑に光る左手を突き出しました。


「『ウインドショット』ォォッ!!」


 足の裏に猛烈な風圧が掛かりました。

 片足では体重を支えきれず、バランスを崩した私の身体が宙に浮かびます。なんとかすぐに『すれいぷにる』の空中蹴りで体勢を整えたものの、顔を上げた時には目の前から男がいなくなっていました。


 サッと身体の上に影が差します。


「カリス君のおかげでェ! 私も空を飛べたぁぁあぉおッッ!!!」


 彼は私の頭の上まで跳躍していたのです。おそらくは、さっきと同じ風の噴射を利用して――。


「ヒィィぃいいいララアァアアッッッ!!!」

「やぁああああっっ!!」


 頭に向かって両手で振り下ろされた渾身の一撃を、私は右拳で真っ向から迎え撃ちました。二つの武器が激突する衝撃が辺り一帯に広がって、大気をビリビリと震わせます。


「あなたは、ダメです!! ロキさんの所へは連れていけませんっ!!」


 上裸男が大きく目を見開きました。


「会いたいなら、せめてっ! せめて――」


 金属の棍棒に、ピシッと亀裂が入ります。


「服はちゃんと着てくださぃーーーっっ!!!」


 私の銀の手甲が真っ赤に輝いて、赤い閃光が棍棒を真っ二つに砕きました。二人の間に金属の破片がパラパラと舞い散ります。

 私はそのまま拳を男の腹に叩き込んで、振り抜きました。


「『ぐんぐにる』。……出直してきてください」


 回転しながら斜めに飛んでいった男の身体は、やがて背の高い岩壁にぶつかって止まり、そのまま地面へドサリと倒れ込みました。



 ◇



 転がって仰向けになった男の下へ、私はゆっくりと近付きました。


「み、見事……。戦乙女……様……。まだまだ、遠く及ばぬ……」


 ごほっごほっと彼が咳き込みます。威力は大分落としたものの、男のお腹にはくっきりと赤黒い拳の痕が残っています。ちょっと悩んでから、私は屈んで彼の髭モジャ顔をのぞき込みました。


「ごめんなさい」


 私が謝ると、男は小さく首を振りました。とても清々しい表情で、憑き物が落ちたようです。

 真正面からぶつかったおかげか、彼との間に、なんだか奇妙な友情すら感じてしまいます。だから私は、今の自分が抱いている正直な気持ちを、彼にだけは伝える事にしました。


「あなたの気持ちは、よく分かりました。でも、私の方がロキさんの事――」


 言いかけた私の言葉を、彼は「大丈夫」とばかりに頷いて制しました。


「このゲヴァルトが……幼き日より願った、戦乙女様との手合わせ……。バルハラの門を、叩くには……ごほっ……まだ、精進が足らぬと、よく……分かりました……」




 ん??




「……え、えーと。げ、ゲヴァルト? ゲヴァ、さん……?」

「はぃ……戦乙女、様……」


 あれ、この人……? 例の神父の……?


 って事は、ロキさんの書く物語、その重要キャラクターなんじゃ……?


 じゃあ、さっきまでの戦いは……? 私の気持ちは……?


 恥ずかしいやら、申し訳ないやら。混乱と混迷で混沌と化した頭がぐるぐるしてきます。

 私は口をあわあわ手をわちゃわちゃしてから、結局、いつも通り顔を覆う事しかできませんでした。

 ゲヴァさんはといえば、そんな慌てふためく私を気にする余裕などもはやないようで、段々と目が虚ろになっていきます。


 あぁーっ、ちょっ、ちょっと待ってください! まだ落ちないでぇ!!


 ほぼ意識が落ちかけてるゲヴァさんの頬をぺちぺちぺちぺち高速で叩きます。


「ロキさんカラ、伝言、あずかてマスヨ! 『寄り道ダメ、はよ先行け』だス!!!」

「なんと……神、から……啓、示……あり、が……」


 がくっと首を横たえて、とうとう彼は気を失ってしまいました。


 ふー。

 辛うじて本来の目的は達成できました。

 うん、達成できました。


 ……え、大丈夫ですよね。死んでないですよね。

 物語のキャラを勘違いしてボコにしてしまったとか、ロキさんにどう伝えればいいんですか。いや、そもそも向こうから殴りかかってきましたし。でも、これって過剰防衛では。というか、メッセージちゃんと伝わりました?

 大丈夫ですよね、死んでないですよね……?


 浅く寝息を立てているゲヴァさんの側で、あれこれ後悔しながらドタバタジタバタしている内に。

 いつの間にか私は、夢の世界から帰還していました――。

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