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遅ればせながらプロローグ

 ――長い眠りから目を覚ませば、そこは例のボックス席でした。


 店内には陽気なBGMが流れ、店員たちがテーブルの間を忙しなく動いています。通路を挟んだ向こうの席では、Yシャツにネクタイ姿のサラリーマン男性がナポリタンを食べていました。

 テーブルに突っ伏していたせいか、全身がひどく痛みます。起き上がって身体のあちこちを動かしている内に、私は自分の頬に残る涙の跡に気付きました。


「おつかれさま」

 対面に座る“自称”女神様が、優しい声音で話しかけてきました。指先でぐしぐしと目元を擦った私は、不安な面持ちのまま彼女に尋ねます。


「私、ちゃんと出来てましたか?」

「うん、ちゃんと出来てたよ。初めてにしては、上出来さ」


 彼女は微笑んで、それからテーブルの上のコーヒーを啜りました。湯気の立たない、すでに冷め切っているであろうそれを、美味しそうに味わっています。

 私は乾いた唇を噛んで俯きました。目の前のカップには、あちらへと旅立つ前に全部飲みきれなかったコーヒーがまだ残っていました。私はそれを一息に飲み干します。


「誰にも誇れないことだとしても、誰にも信じてもらえなくとも。あの世界をドラゴンから救ったのは、キミだよ」

「そう、なんですかね……?」


 思わず、自分の手の甲を見ました。固い鱗を殴った感触がまだ残っています。もちろん、今ここにある私の手は綺麗そのものですが。

 それでも……。ここで眠っている間に見ていた世界には、夢とは思えないほどリアリティがありました。血だまりに倒れていた男の人の姿が目に焼き付いて離れません。すがりつくように伸ばされた手を、握ってあげられなかったことも。



 仕事の内容については、未だにきちんと理解できていません。

 異世界なんてファンタジー。ホイホイと現実に紛れ込んでいいはずがありませんし、自分がそこへ行って帰って来たという実感も希薄です。


 リアリティのある夢、というのがしっくりきます。というか、それしかない。

 もちろん、そんなものを見せることに一体何の意味があるのか。頭の悪い私ではサッパリ分かりませんが。



 目の前に座る自称・女神様のことを、私はもう一度舐め回すように見つめました。

 私が視線を落とすのに合わせて、彼女の視線も下へと落ちていきます。彼女は身に纏うセーラー服の先をちょっと摘まんで、小さく首を傾げました。


「変かな? 一応、キミら女子高生の格好を意識してみたんだけど」

「い、いえ! むしろよく似合ってる、というか……」


 どきまぎしながら、私は口をもごもごと言い訳がましく動かします。

 真っ白な布地に、真っ赤なスカーフ、紺色のセーラーカラーとロングスカート。現役女子高生の出で立ちにしては、ちょっと古式ゆかしい感じがします。例えるなら、制服というより衣装でしょうか?


 女子高生を名乗るには不釣り合いなほど、彼女から大人びた色気を感じるせいかもしれません。自分も含めた同年代の女子たちと比べると、容姿全体に未成熟な部分を見いだせないのです。

 そんな妙なアンバランスさのせいで、セーラー服は妖艶な雰囲気を醸し出すアイテムと化しています。端的にいうと……えっちぃ。


「ふむ。そんなに気になら、今ここで脱ごうか?」

「へぇっ!!?」


 驚いて席を立ち上がった私と呼応するように、隣の席のサラリーマンが盛大にナポリタンを吹き出しました。

 すでにスカーフを外し、次はサイドのファスナーに手を掛けようとしていた彼女の腕を、慌てて掴んで制します。彼女はようやく手を止めて、イタズラっぽく微笑みました。


「やだなぁ。冗談だよ、冗談。くくくっ」

「なっ……ばっ……!」

「あんなに焦っちゃって。本当に可愛いね、キミ」

「……う、うるさい」


 掴んだままになっていた腕を、私はぱっと外します。彼女へ向けて小さく舌を出してから、夕焼けに染まる窓外の景色へと顔を向けました。

 真っ赤に染まっているだろう私の顔も、夕陽に照らされれば目立たないだろう。そう、思いたかったのです。通りに面した窓の向こうでは、私と同じ制服を着た少女の一団が駅に向かって歩いていました。

 時刻は、すでに午後五時を過ぎています。本当なら家でゴロゴロしながら、高校での新生活への期待に胸を躍らせていたことでしょう。


「さて、心温まるスキンシップはこれくらいにしとこうか」


 彼女が満足げに息を漏らしました。どこに心温まる要素があったのか、私には皆目見当が付きません。

 居住まいを正した彼女が、あらためて問いかけてきます。


「それで、“異世界”でのアルバイトはどうする? このまま、続けてくれるのかな」


 ややあってから、「うん、続けます」と私は返事しました。


 結局、仕事の内容は分からないまま。けれど断ったら最後、彼女とこうして会う機会はなくなってしまうのだろう、ということは明らかでした。

 それを惜しく思ってしまう自分がいます。我ながら、なんとチョロい女なのでしょう。


 こんな、よこしまな気持ちのせいで殴られたドラゴンが、ちょっぴり可哀想になりました。


 彼女が鷹揚に頷くのに合わせて、長いブロンド髪がふわりと揺れました。どこからか取り出した真新しい用紙と封筒を、私の前にずいっと寄越してきます。

 先に封筒を開いてみれば、中にはピン札で7000円入っていました。早速、今日のバイト代が支払われたようです。一方、用紙の方には「契約書」という手書きの文字が躍っていました。


「では、この契約書にサインをお願い。判子があれば押してほしいけど……、まぁ、それは次回でいいか。あ、あと呼び出しは不定期だけど遅刻だけは止めてね。それだけ被害が大きくなるから」

「……」

「ん、どうかした?」

「いや、やっぱり胡散臭いなぁ、と思いまして……」


 隣の席では、吹き出したナポリタンのせいでYシャツを真っ赤に染めた男性が、紙ナプキン片手に途方に暮れていました。罪悪感がチクチクと襲ってきます。


 私は封筒の中をもう一度覗きこんでから、意を決して彼に声を掛けました――。


ということで、全編こんな感じで現実パート(百合が濃い)と異世界パート(オッサンが濃い)をぐるぐるしながら進んでいきます。


読んでいただきありがとうございました。

改めまして、よろしくお願いします。


※アドバイスを参考に、分かりにくい視点変更パートをカットしてまるっと全面改修。結果、話の内容自体が変わってしまいました。ごめんなさい

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