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★ゲヴァルト神父と予期せぬ天恵

 長い長い上り道の先、ようやく見えてきたヨール山麓の村は、何故か物々しい雰囲気に包まれていた。


「あれ、何の集まりでしょうか……?」


 柵に囲われた村の入口を、三十人前後の男たちが塞いでいる。それぞれが剣やらツルハシやら弓やらを手にしており、まるで今から戦場にでも赴こうとしているかのようだ。

 とりあえず、賊の類ではない。遠目にも分かるくらい装備が貧弱すぎるのだ。となると、村人たちが集まって何かしようとしている……?


「どうします?」と横にいたゲヴァルトさんに判断を仰ごうとしたが、彼は歩幅を緩める事なく男たちの方へと近付いていってしまった。少し躊躇ってから、俺も小走りで彼の後をついていく。

 とてもじゃないが、俺とゲヴァルトさんを歓迎してくれるようには見えないのだが……。


 案の定、村の入口へと近付いてくる俺たち二人に気付いた若い男性が、鋭い声を浴びせてきた。


「オイ、何だアンタら? 村に何の用だ!」


 その大声を合図に、三十人分の視線が一斉にこちらへと向いてきた。山道から現れた闖入者に対し、彼らは明らかに警戒心を剥き出しにしていた。

 ゲヴァルトさんは、そのまま若い男の前を素通りする。「オイ!」という叫びにも耳を貸さず、一団の中にいた白髪の男性の前に立った。


「私はイグドラの巡礼者、ゲヴァルトと云う。こっちは護衛のカリス君」

「! 教会の方、ですか……?」


 名乗りを聞いた途端、白髪の男性は居住まいを正した。

 周囲の男たちは依然としてザワついたままだ。身分を明かしてもなお、彼らは不躾な視線を送ってくるが、まぁその気持ちはよく分かる。こんなみすぼらしい格好の大男が本当に聖職者なのかと、五十日前の俺も疑っていたわけで。


 ゲヴァルトさんが「んんっ」と意味ありげに咳払いをした。

 ここまでの旅で何度も経験してきた事だが、この人は村人との交渉には一切関わらない。会話が苦手というよりは、最初から話をするつもりがないらしい。

 俺は一歩前に出て簡単に挨拶をした。


「……あなたがこの一団の頭目ですよね。村長さんですか? それも、元冒険者の」

「! え、えぇ。そうです。よくお分かりになりましたね」


 白髪の男性は驚いたように目を見開いている。ここでようやく、周囲の男たちの声が止んだ。

 俺は「なんとなくです」と言葉を濁す。見抜いたのはあくまでゲヴァルトさんだが、この白髪の男性が集団の長だという事は俺も察していた。

 俺たちが姿を見せた際の、彼を囲む人々の目線、仕草、それから彼自身の立ち振る舞い。

 戦いの中、観察眼が養われたおかげで、以前は見逃していたであろうそうした小さな情報にも気付けるようになっていた。


 このまま自身の成長ぶりを噛みしめたいところだが、それは後にしよう。今のやり取りのおかげで、男たちの心を掴むのは上手くいったらしい。

 彼らの警戒心が和らいだところで、ようやく本題を切り出した。


「それで、この騒ぎは一体?」

「我々、村の男衆総出で、あの山に棲むモンスターの退治に赴くところなのです」


 白髪の村長は振り向くと、背後にそびえる険峻な山の頂上を見つめた。紡がれた勇ましい言葉とは裏腹に、彼らは沈んだ表情を浮かべている。


「村人たちだけで、ですか? 確かに、これだけの人数がいれば、並のモンスターなら倒せるかもしれません。しかし、万全を期すなら冒険者を雇い入れた方が……」


 採石場で働いているおかげだろう、この場にいるのは筋肉質な男ばかりだが……。

 とはいえ、モンスターとの戦いについては経験の浅い者が多いに違いない。

 怪我や死亡で働き手が減るリスクや、その影響で領主へ納めるべき税が払えなくなるリスクを考えれば、金銭的な負担に目をつむってでも現役の冒険者を雇う意味はある。それとも、ギルドへの報酬すら払えないほど困窮しているのだろうか。

 すると、村長は俺の言葉に頭を振った。


「もちろん、ギルドには十分な額の報酬と共に依頼を出しました。ですが、誰も応じてくれなかったのです」

 ――応じなかった?


「……騎士団はどうした」

 ゲヴァルトさんがぽつりと呟いた。


「この地を治める領主にとって、採石場の経営は大事な資金源の一つのはず。モンスターが発生して、何も手を打たないとは思えない」


 確かにそうだ。

 ゲヴァルトさん曰く、この地で切り出されるヨール石は頑丈な建材として人気があるらしい。昨今のモンスターによる土地建物への被害を考えれば、その需要はますます高まっているのではないだろうか。金の卵であるこの山を、領主がこのまま捨て置くとは思えない。

 だが、ゲヴァルトさんの問いかけに対しても、村長は首を横に振った。


「騎士様は来ません。いえ、もう来ません」

「それって……」


 話の雲行きが怪しい。首筋をぞくりとした感覚が襲ってきた。


 おそらく、領主お抱えの騎士団はその山のモンスターに敗れたのだろう。あるいは、戦わずして逃げたか。どちらにせよ、人員や装備の充実した騎士団でさえ、全く歯が立たなかったという事実だけが残った。

 一体、山頂にどんなモンスターが発生してしまったのか――。

 するとその疑問に答えるかのように、遠い空から鳥の鳴き声のようなものが響いてきた。村人たちが表情を硬くする。山頂付近へよく目をこらして見ると、三体のモンスターが空を旋回している姿が見えた。あのシルエットは――!


「グリフォンか」


 俺と同じように空を見上げていたゲヴァルトさんが、くぐもった声でその名を口にした。

 村長が躊躇いがちに頷く。俺は生唾を飲み込んだ。


 グリフォンといえば、鷲の頭と獅子の身体を持つという獣型モンスターだ。

 空を飛び、獰猛な性格で、金銀財宝を集める性質がある、と聞いた事がある。発生例は少ないにも関わらず、ギルドの認定する脅威度はAランク。そんな伝説じみた化け物が、少なくとも三体はいるようだ。


 なるほど、冒険者たちが依頼を受けたがらないのも納得がいく。明らかに危険すぎる。そんな依頼に挑む者など、イカれてるか命知らずかのどっちかだろう。


「奴らは採石場一帯にコロニーを作ってしまいました。山に入れない以上、我々には日銭を稼ぐ手段がありません。しかし、税が免除されるわけでもない……」


 悔しそうに俯く村長を嘲笑うかのように、上空のグリフォンたちはキィキィと鳴いていた。


「……村を捨てて逃げるという選択肢はなかったんですか」


 我ながら残酷な質問だと思う。当然、彼らは否と首を振った。

 この地に対する愛着だけではないのだろう。おそらくだが、老人や病人、怪我人など、逃げたくても逃げられない村人が大勢いるのだ。


「この地で生きる為には、我々が戦うしかないのです」


 村長は俯きながらそう言い切った。村人たちも足を震わせながら、一様に頷いている。

 まるで、自分たちに課せられた理不尽な運命を、無理矢理受け入れようとするかのように。観察眼が養われたせいで、俺はその光景を見過ごせない。


 不意に、ロブさんとテートさんの事を思い出した。

 明確な死へと相対し、震えながらそれに立ち向かおうとした二人の冒険者の背中を。嘘つきだと罵られ、誰にも信じてもらえなかった二人の“英雄”の生きざまを。


 昨晩聞いた「寵愛」という言葉が甦る。

 俺はぐっと両手に力を込めた。


「カリスくぅん!!」


 周囲の空気には似つかわしくないほど弾んだ声で、ゲヴァルトさんが俺の名前を呼んだ。


「私は、信心を果たしに行こうと思うんだがぁ!! 君はどうするかね!?」


 灰色の瞳がぎょろりと動く。

 彼の目には隠しきれない歓喜の色が浮かんでおり、それは恐ろしいほど頼もしくもあり、同時に恐ろしいほど不気味でもあった。


「……一応、聞いておきますけど。あのグリフォン相手に、勝算はあるんですか?」

「そんなものが必要かねッ! そうだろう、カリス君? グリフォンを倒す。祈りを捧げる。それだけの事だろう、カリス君ッ!?」


 俺たちのやり取りに驚いたようで、村長は手にしていた剣を地面に落としてしまった。カラン、と金属の軽い音が響く。

 慌てて中腰で剣を拾った村長は、ゲヴェルトさんに向かって「今、なんと――」と口を開きかけて、そのまま固まってしまった。


 ゲヴァルトさんが満面の笑みを浮かべていたのだ。


「ひひっ。ひひひひひ! ぃあァァァアッヒィッ!!」


 ほの暗く底の見えない瞳を細め、荒い息を吐き出しながら、口元を醜く歪めていた。欲しかったオモチャを手に入れた幼子のように、頬を上気させて奇声を発している。


 ――まるで、悪魔の笑みそのものだ。


 村人たちの中から「ひっ」と怯えた声が上がった。

 俺たち二人から距離を取るように、彼らが後ずさりしていく。村長は再び剣を落としたが、今度は拾おうとしなかった。


「グリフォンッ! 天恵だなぁ!」

「まったく……」


 俺は呆れたように額を押さえて天を仰いだ。

 だけど、心の内は何故だかどうしようもなく晴れやかで、上空に広がる青のように澄み渡っている。

 自分はすっかり、この神父のやり方に染まり切ってしまった。そう、認識せざるをえない。


 平坦な道を歩くのは、もう終わりだ。


ようやく本題。

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