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ウォールドン・ガールラン(2)

「ぉふっ! 美少女近いっっ!」


 走行中の電車内、クラスメイトの湯月さんとの思わぬ接近遭遇に驚いた私は、思わず後ずさりしてしまいました。

 がんっと音を立てて、そのまま座席の衝立に勢いよく背中をぶつけます。

 その衝撃で座席の端で寝ていたサラリーマンを起こしてしまいました。半開きの目でぎろりと睨む彼に、「すいませんすいません」と小声で謝ります。近くにいた乗客たちもまた、横目でこちらを窺っています。もう脳内はパニックです。


「えっ?? 進藤さん、大丈夫? えっ??」

「……はぃ……」

 か細く答え、私は再び顔を伏せて肩を震わせました。


 えまーじぇんしーです。予想外の事態です。湯月さんを探して挨拶しようとした結果、私はサラリーマンに頭を下げていました。なんで???

 この先の展開が思い付きません。出鼻は挫かれましたし、奇声も上げてしまいました。背中も痛いです。泣きたいです。

 すると、おずおずと伸びてきた湯月さんの指が私の手に触れました。

 はっとして顔を上げると、彼女は心配そうに見つめてきます。


「進藤さん、もしかして体調悪いんじゃ……。顔真っ青だよ。汗もすごいし……。次の駅で休もう? アタシも一緒に降りるからさ」

「い、いいえ……。ぁっ……だぃじょぶ、です……」


 なんて良い人なんでしょう。違う意味で泣きそうです。湯月さんが念を押すように、私の手を両手で包むようにして握ります。


「本当に? 無理してない?」


 私がぶんぶん首を縦に振ると、湯月さんは「良かった~」と大きく息を吐き出しました。

 それから、急に何かに気付いたように、彼女は重ねていた手をぱっと離します。電車はビル街に差し掛かったようで、車内は時折暗くなりました。


「あっ! ご、ごめん。いきなり慣れ慣れしかったよね!」


 湯月さんは頬を赤らめてもじもじとしています。「いいえ」と私が答えると、彼女はそのウェーブした髪の毛先をいじり始めました。


「えっと……そ、そうそう! 進藤さんも電車通学だったんだね。知らなかったなー」

「……はい」

「……。アタシ、朝は起きられなくてバタバタで。いつもはもう一本遅いのに乗ってるからさ。ほら、そっちでも、駅から走ればギリギリ間に合うし! えっと、進藤さんはいつもこの時間なの?」

「はい……」

「そ、そっかぁ……」


 そして、しばしの沈黙。まずい。全然会話が弾みません……。


 湯月さんもとても気まずそうです。さっきからずっと、真っ赤な顔のまま髪の毛を撫でています。扉の窓を鏡代わりにしては、髪型を気にする素振りを見せています。


 ま、まずい。女性が髪の毛を触るのは退屈している証拠だと、以前テレビで聞いた事があります。話題を広げなくては。どうやって。

 というか、さっきから私「はい」と「いいえ」しか言ってないのでは!?


 そこで丁度、電車が小さく揺れて減速し始めました。次の駅に到着したようです。いつもと変わらず、窓外のホームには黒山の人だかりができています。

 湯月さんもチラリとそちらに視線を這わせて、大げさに肩を竦めて溜め息を吐きました。


「それにしても、電車混みすぎだよねー! 毎日嫌になっちゃうよねー。ほら、ギューギュー押されて身体もあちこち痛くなるし。ち、痴漢とかも怖いしね……」


 湯月さんの声が段々小さく、自信なさげに萎んでいきます。


 頷いているだけではダメだ。彼女の話に興味がある事をアピールしなくては……!

 まずはできる事からと、とりあえず彼女の顔から視線を逸らさないように努めました。「ちゃんと聞いてますよ」というメッセージを込めて、なるべく真剣な表情で。


「えっ……進藤、さん……? その、そんなに見つめられると恥ずかし――」


 しかし、彼女の方は周囲を気にするように、あちこちきょろきょろと目が泳がせてしまいます。両手の指はせわしなく動き、落ち着かない様子です。


 ……まずいまずい。会話中に手遊びを始めるのも退屈の証拠だと、テレビで聞いたことがあります。もっと強烈に、全身を使って興味あるアピールをしなくては……!


 車両の扉が開いて、すでにいっぱいの車内にさらに人が乗り込んできました。今日もいつも通りの客数なら、車内はより一層窮屈になるでしょう。それこそ、乗客同士が身体を寄せ合うくらいの混雑具合になるのです。


 ――いっぱいいっぱいの頭が、私に一つのアイデアをもたらしました。


 どうせ気の利いた受け答えなんてできないんだから、彼女の出してくれた話題への返事を行動で示せば良いのです。

 ゆっくり考えている暇はありませんでした。混雑で身動きが取れなくなってからでは手遅れです。ちょっと強引かもですが、行動あるのみ!


「はぇっ!? えっ? あっ……。えっ!?」


 湯月さんの細い腕を取って、私の方に思い切り抱き寄せました。


 身体を密着させ、そのまま二人の位置をぐるりと入れ替えます。そうして湯月さんを私のベストポジション、壁と座席の衝立が作るL字の空間に押し込みました。


 突然の事に、湯月さんは大層驚いたようです。

 私は彼女と正面から向かい合い、他の乗客から彼女を守るように立ちました。

 その間も人はどんどん増えてきて、車内はいつも通りの満員御礼。ホームから迫る人波のせいで、私の背中にもかなりの圧が掛かっています。

 しかし、倒れるわけにはいきません。身体を支えるべく、彼女の頭の上の壁に「どんっ」と思い切り手を突きました。


「ぴゃっ」と湯月さんが可愛い声を上げました。

 肩が跳ね、彼女の明るいウェーブの髪がふわりと膨らみます。


 瞳を潤ませた彼女が上目遣いにこちらを見上げてきました。顔はリンゴのように真っ赤で、口元はあわあわと忙しなく動いています。「どういうことだ、きちんと説明しろ」と言いたいのでしょう。

 弁解すべく口を開きかけたところで、車内が大きく揺れて電車が動き始めました。揺れの勢いのせいで身体は前屈みになってしまい、私と彼女の顔が急接近する形になります。

 電車はゆっくりと加速を始めました。


「……怖がらない、で……。痛くしなぃ……ように、頑張るので……」

「~~~~っ!?????」


 周りの迷惑にならないよう小さな声で、彼女の耳元に囁くようにそう伝えました。

 さっき彼女は「痴漢が怖い」と言っていました。「人混みで身体が痛くなる」とも。この体勢ならその心配はありません。私が守るので安心してください。


「私に身体……預けて……? 全部、大丈夫です、から……」

「はわわわわわわわわわわわわわ」


 日頃から鍛えているので、体幹はしっかりとしています。背中に掛かる圧に負けないよう足には力を入れてますし、私の身体に掴まって立ってもらって大丈夫です。この電車、結構揺れが激しくて危ないですから。


 ……そうお伝えしたつもりだったのですが、なんだか湯月さんの様子がおかしいです。

 たったったっ、と電車の奏でる軽快な走行音が耳に入ってきます。


「だっ、だめだよ、進藤さん……っ。あた、アタシ、女の子とは……」


 湯月さんの呼吸がやたら荒いです。耳まで真っ赤な顔は湯気が出そうなほど上気しっぱなしですし、目はギンギンで、手足は小刻みに震えています。だ、大丈夫でしょうか……。心配になってきました。ひょっとして、体調が悪いとか……。


「一緒に、保健室……いきます……? ……ベッド、で。休みましょ……?」


 もう一度、そっと耳元で囁きました。


「し、しんどうしゃん……ひゃん! ……だめぇっ……! アタシはっ……ノーマルだから……!」


 湯月さんは私を拒むように両手を前に出して、弱々しく私の制服を掴みます。何かを振り払うように首を横に振りながら、「ちがう、ちがうの。アタシは絶対負けないのっ……」とずっと呟いています。とりあえず体調が悪いわけではなさそうですが……。


 再び、頭の中がぐるぐるしてきました。


 これ、一体どういう状況なんでしょうか?????

 私の頭上にはさっきからクエスチョンマークが浮かびっぱなしです。私のコミュニケーション能力では理解できない、何か高度な話術が展開されているのでしょうか?


 それとも……。湯月さんって、かなり「くれいじー」な人……? いや、まさか……。


 私の疑問に答えてくれる人などいるはずもなく、電車はそのまま目的地まで走り続けました――。

なんか頭のおかしい回。

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