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★ゲヴァルト神父と信仰の芽生え

「――ヒィィィイャああハハァッッッ!!! いったぞぉ、カリスくぅんんッ!!!」

「はいッッ!」


 獰猛なレッドウルフ三匹が、山の斜面を下って一直線にこちらへと向かって来るのが見えた。そこから少し離れた岩場では、別の群れを相手にゲヴァルトさんが大立ち回りを繰り広げている。


 俺は弓を水平に構え、矢を二本同時につがえた。だが、以前のようにすぐには放たない。矢筒に残る正規品の矢は残り三本。それを撃ち尽くした後は、木と石の鏃で自作した不揃いの矢しかない。

 無駄な射撃はもう許されない。ギリギリまで対象を引きつけて、機を待つ。


 ――目の前を走るウルフの一団が、左右に分かれた。

 その瞬間、俺は右手を離した。弦を目一杯引き絞って放たれた二本の矢が、十分な速度でもって飛んでいく。


「ギャンッ!」「ァォン!!」


 一本は走るウルフの頭部を正確に射貫いていた。しかし、もう一本の矢は狙いから少し逸れて、別の一体の足に刺さっただけ。動きは止められたものの、致命傷には至っていない。


「ちっ……」


 舌打ちしてから弓を置いて、俺は腰に下げたゴブリンの長剣を抜いた。

 一匹だけ無傷のウルフが、地面を蹴って飛びかかってくる。攻撃を右に躱しながら、剣を振り抜いて敵の身体を真横に両断した。小さな魔石が地面に落ちる。


 ――あと一体。


 そう思って、先ほど足に矢を当てたウルフの方を見遣れば、すでにそこには敵の姿は無い。

 地面に刺したメイスへ腕を預ける、大柄な神父が立っていた。彼の足下にはウルフの核と思しき魔石が転がっている。


「うぅうん。及第点、とは言い難いなぁ」

「……すみません。ゲヴァルトさん」


 ゲヴァルト神父の左手には、真ん中で折れ曲がった矢が握られている。矢を足に受けたウルフが地面でもがいたせいだろうか。何にせよ、もう武器としては使えない。

 とにかく、矢の損耗が著しい。度重なる戦闘のせいもあるが、街で商人から補充できない事が大きい。数撃って当てるような使い方はもうできないので、射撃の精度を更に上げるしかない。


「さぁ、カリス君。祈りの時間だ。ついでにこの矢も供養してやろう」

「……はい」


 今回の戦果は俺がレッドウルフ二体、ゲヴァルトさんが五体。まだまだ全然及ばない。



 ゲヴァルトさんの“護衛”の依頼を受けてから、早いもので五十日近くが経とうとしている。最初のゴブリン戦で彼が何かに目覚めてしまったせいで、旅は危険極まりない道行きとなっていた。

 ゴブリン、サハギン、リーパー、レッドウルフ、オウルベアまで……。道無き道の先々で、多種多様なモンスターとの出会いが待っていた。しかも、悪路を歩き続けて疲労し切った状態で、である。「君に四匹あげよう。喜び給え」なんて神父が言う度に、俺は感動のあまり涙を流した。


 だが、おかげで心身ともにかなり鍛えられたと思う。生きる為に必死になった事で、未熟だった戦闘技術が研磨されていったようだ。ギルドマスターが言っていた「勉強になる」とは、そういう意味だったのだろう。


 ……もっとも、ゲヴァルトさん自身にはそういうつもりは一切なさそうだが。


 長く接してみて、この人がただのイカれた神父でない事は理解できた。

 元Aランクという肩書きは伊達じゃなく、戦闘での判断は冷静で的確だ。彼の戦い振りはとても参考になるし、たまに助言をくれたりもする。これで、あの狂気じみた叫びや、祈りの事になると途端に早口になる悪癖さえ無ければ完璧なのだが……。

 そういった諸々を考慮し、彼を聖職者として「様」付けで扱うのは止めた。もちろん、親しみを込めての「さん」付けである。



「さて」と祈りを終えたゲヴァルトさんが立ち上がった。

「今日中にこの山を越えるぞ、カリス君。野営はその先で、だ」


 相変わらずの強行軍である。かといって、最短経路で聖地を目指しているわけではないので、まだまだ先は長い。


 当然、街道沿いにある大きな街へ入る事は無く、たまに立ち寄る人里といえば山間の寂れた村々ばかり。地図上を辿るわけでもないので、歩いた先で偶然見つけた集落にご厄介になるといった次第だ。

 それでも、屋根付きの部屋を借りられて、しかも暖かい食事にありつけるだけでも恵まれた環境である。村への滞在期間は最長でも三日。基本的にはほぼ野宿なので、身体はあまり休まった気がしない。食事にも困る。

 その上、弓術士として致命的なのが矢の補充ができない事。街の工房に立ち寄る機会はもちろんない。立ち寄った村の職人に作ってもらう事は不可能ではないが、材料が乏しいので質や強度がかなり落ちる。野生動物の狩猟用ならともかく、命の掛かったモンスターとの戦闘には向かない。


 しかし、このまま旅を続けていればそうも言っていられなくなるだろう。


「私の記憶が正しければ、だが。このまま進めば、大きな村に行き当たる」

「え、本当ですか? やった……。久しぶりにベッドで寝られる……」

「うん。この山と連なるようにそびえる、ヨール山。その中腹には採石場があったはずだ。となれば、その近くには人里もあるだろう」


 一瞬、全身で喜びを表現しかけてから、話のおかしな部分に気付いた。


「……連なるように? つまり、この山を越えたら、またすぐ山を登るって事ですよね」

「うん」

「ははっ、今日も楽しいピクニックっすね。はぁ……」

「うん。今日も見事な晴天だ。神の祝福を感じざるをえない……」


 ゲヴァルトさんが今度は朝陽に向かって祈りを捧げる。それを真似るように、俺も空に向かって手で輪を作った。


「神様、今日も俺……いや、私たちをお守りください」

 目を閉じて、真剣に祈りを捧げた。


 自分はこんなに信心深い人間だっただろうか、と自問自答したくもなる。毎日毎日、神がどうとか祈りがどうとか嫌になるほど聞かされてきたせいか。それとも、命を削る日々の中、未熟な俺の心が信仰を求めたから?


 いや、それだけではないだろう。

 目を閉じれば、あの日見た“黒髪の少女”の姿が浮かぶ。

 それから、色々な人たちから浴びせられた、心ない言葉の数々も……。


 あれから何度も彼女の夢を見る。恐ろしい敵を前にしても、笑顔を崩さずにそれに立ち向かう彼女。拳を振り抜くその背中に、俺はいつも問いかけるのだ。


 ――どうすれば、あなたのように強くなれますか? と。


 ゲヴァルトさんが歩き始めるのに合わせて、俺は荷物を担いで立ち上がった。

 祭壇代わりの岩に置かれたままの、折れてしまった矢に一礼をする。誰の影響を受けたのか、近頃はそんな行為が習慣になっていた。


「じゃあ……。今まで、ありがとな。いってきます」

 もちろん、折れた矢は何も答えてはくれないけれど。


 依然として足取りも気分も重いまま、すでに小さくなりつつあるゲヴァルトさんの背中を追いかけた。

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