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★ゲヴァルト神父と祈りの時間(2)

「……カリス君。君は、あの迷える仔羊たちと道連れ覚悟で戦ったとして、何匹殺れるかね?」


 質問の意味を図りかける俺に対し、ゲヴァルト神父が顎をしゃくる。前方に立ち塞がっている鉄兜の頭目が何かを喚いていた。それを合図に、他のゴブリンがじりじりと距離を詰め始める。


「……死ぬ気でやって、四匹ですかね」

 それを聞いた神父様は鼻で笑うと、左腰に下げた鋼のメイスに手を掛けた。


「そうか。なら、頭目を入れた十匹は私の取り分としよう。残りの雑魚五匹は君が殺せ」


「え」と、思わず漏らした俺に対し、彼は「一匹オマケしてやろう」と口元を綻ばせて恩着せがましく言ってのける。


「話聞いてました!?」

「そんなに喜ばなくていい! どうしても礼が言いたいというなら――」


 何を言ってるんだこの人は!?

 とにかく何か反論しなければと口を開きかけたところで、ゴブリンたちが一斉に走り出した。前の道から八匹、後ろからも七匹、計十五匹のゴブリンが武器を振り回して迫ってくる。

 神父様がすぅっと息を吸い込んだ。


「――我らが偉大なるロキ神に、祈りを捧げろぉぉぉおオアアアッッッ!!」


 ゲヴァルト神父の裂帛れっぱくの気合いが、周囲の空気をビリビリと震わせた。俺の耳にも痛いくらいに彼の狂ったような叫びの言葉が反響している。

 彼の叫びに気圧されて、何匹かのゴブリンが驚いて足を止めた。隊列はめちゃくちゃになり、仲間同士でぶつかったり、足がもつれて転ぶ者もいる。


「ひぃぃいイヤぁああッハアアアアアアアッッ!!」


 ゲヴァルト神父が雄叫びを上げながら、前方の八匹の群れへと突っ込んでいく。腰から振り抜いたメイスを手近なゴブリンの側頭部に叩き付け、側にいたもう一体に後ろ回し蹴りを浴びせた。蹴りで後ろに倒れたゴブリンの腹目掛けて、神父様は思い切り武器を振りかぶる。


 そのあまりにも想定外な戦い振りに放心しかけてから、「五匹殺れ」というゲヴァルト神父のありがたい言葉おどしが頭によぎって我に返った。

 慌てて矢筒から一本引っつかんで、後方のゴブリン集団へと速射。鮮やかに直進した矢が、一体のゴブリンの頭を貫いた。続けざまに、もう一体を射貫く。矢の刺さったゴブリン二体が消滅し、小さな魔石がコトリと地面に落ちる。


「祈りの時間だああァァァァあぁハハッぁああッッッ!!!」


 背中の方からは、神父様がさぞ楽しそうにメイスを振り回す風切り音が聞こえてくる。ゴス、ゴスと次々に敵を殴打していく音からして、向こうの心配をする必要はないのだろう。


 ……むしろ、気にしている余裕はない。

 弓を構えたまま、二本、三本と敵の接近を阻むように連射する。一本はゴブリンに致命傷を与えたが、残りの矢は狙い通りに飛ばず、牽制射にしかならない。焦りのせいか手汗が滲み出てきて、そのせいでまた外れる。

「早く次の一射を」と矢をつがえようとしたところで、接近していた一体のゴブリンが飛びかかってきた。振り下ろされた棍棒を、すんでのところで躱す。右手に掴んでいた矢を握り込み、それを力任せに敵の頭へ突き刺した。


 息を吐く間もなく、残り三体へと視線を戻す。もう射を構える余裕はない。

 さっき敵の一撃を躱した際、後背で戦うゲヴァルト神父の姿がちらりと視界に入った。最初に八匹いたはずのゴブリンは、すでに一体だけになっていた。彼はその最後の一匹である鉄兜の頭目と、まさに鍔迫り合いをしている最中である。

 助けは呼べない。いや、そもそも……。


 仮にも冒険者の自分が、神父なんぞを頼ってどうする!


 左手に握っていた弓を、手近なゴブリンに投げつける。腰に差していた短剣を抜いて、怯んだその一体に向かって突進。腰だめに構えた刃先を敵の腹へと突きつける。断末魔を上げたゴブリンが、黒い煙となって消滅して――。


「キカァッ!」


 煙の向こうから不意を突いて繰り出された攻撃に、一瞬反応が遅れた。間一髪で飛び退くも、バランスを崩して地面に腰をついてしまう。ゴブリンの振り下ろした石斧が、手前の地面へ深々と刺さった。首筋を冷や汗が伝う。

 斧を抜こうともがくゴブリンの顎先に起き上がりざま蹴りを入れ、崩れた体勢を整えようとする。

 そこで気付いた。

 もう一体はどこに……!?


 頭上から暗い影が掛かる。驚いて振り向けば、背後に別のゴブリンが立っていた。石斧で奇襲してきた一体に気を取られているうちに、もう一体が後ろに回り込んでいたのだ。

 棍棒が振り下ろされる。身体は硬直したまま動かず――。


「――『エアリアルジャベリン』ンンンッ!!!」


 よく通る声が響いたかと思うと、隘路あいろの中を駆けるように一陣の風が吹いた。空気の槍が突き刺さったゴブリンの頭には大穴が空いている。頽れるようにその身体が消えていく。

 ゲヴァルト神父が首をコキコキと鳴らしながら、ゆっくりと歩いてきた。左手の上には群れの頭目が身に付けていた鉄兜が乗っている。向こうは片付いたようだ。


「ァックカアアァ……!」

 戦意喪失したらしい石斧のゴブリンが、背中を向けて走り出した。

 手にしていた鉄兜をぽんと上空に放り投げて、「忘れ物だぞ」とゲヴァルト神父が呟く。


「『ウインドショット』ォッ!」


 右手から撃ち出された風の塊が、空から落ちてきた鉄兜を押し出すように直進していく。飛んでいった兜は逃げるゴブリンの頭部を突き抜け、やがて迫り出したに岩壁にぶつかってやっと止まった。カランという音を残して、鉄兜が地面に落ちる。


 俺はその場にへたり込んでしまった。戦いの余熱が残ったままの身体が気持ち悪くて、何度も深呼吸をする。その間、ゲヴァルト神父はあちこちに散らばるゴブリンの核となっていた十五個の魔石を拾い集めていた。

 やがて、両手いっぱいに魔石を抱えた神父様が戻ってくる。相変わらずの無表情だが、心なしか足取りは軽やかに見える。あれだけの大立ち回りをした後だというのに、息一つ切らしてる様子はない。


「……俺が十体、カリス君が五体か。分担通りにきちんとできるとは、大した物だ」

「それ、絶対褒めてないですよね……? というか、俺死ぬかと思ったんですけど……」

「だが、生きている。私の懸命な祈りが通じたのだ。神に感謝を伝えなければ……」

「えっ」


 ひょっとして……。戦ってる最中のあの狂人の雄叫びみたいなの、この人の中ではあれも祈り扱いなのか……?


 俺が反応に困っている事など、まるで気付いていないようだった。

 神父様は俺の腰紐から下がっていた空の麻袋を勝手に抜き取って、その中に魔石を詰め始める。手近にあった平らな岩を持ってくると、その上に中身の詰まった麻袋を置いた。それから、汚いカソックの懐をまさぐってぼろぼろの聖典を取り出す。

 神妙な面持ちでその本をぺらぺらと捲っていた神父様は、とあるページで指を止める。横目で見ると、そこには「ロキ神が人類に魔道の叡智を授ける様子」が挿絵で描かれていた。開いたままの聖典を麻袋の前に置いて、彼は居住まいを正す。この岩を祭壇に見立てているのだろう。


「あの、ちょっと質問いいですか……?」

 たまらず声を上げると、神父様は嬉しそうに俺の方へと笑顔を向けた。


「どうした? 祈りの作法が知りたいのか。良い心がけだ。だが、そう構える必要はない。大事なのは人間が勝手に考えた作法ではない。身の内から泉のように湧き出る、その真心こそが尊いのだ。故に、豪奢ごうしゃな祭壇などは必要なく――」

 神父様が早口でまくし立てる。が、聞きたいのはそれじゃない。俺は首を横に振った。


「い、いえ。ゲヴァルト様って、冒険者時代はどのランクだったんですか……?」

 すると、彼の顔からみるみる笑みが消え失せていった。すっかり元の無表情に戻ると、心底つまらなそうに返事を吐き捨てた。


「Aだが、それがどうかしたか」

「はぁっ!?」

「それより、魔石という恵みをくださった知識神ロキへ感謝をせねば。さぁ、カリス君。共に祈りを捧げよう。真心こそが信仰の道への第一歩なのだ……」


 ゲヴァルト神父に促されて、俺はその隣に腰を下ろす。神父様は聖典の前で膝を突いて目を閉じると、両手の五指を合わせて胸の前で円を作った。イグドラ教徒の祈りの作法だ。なんとなく一緒にやらないといけない気がして、俺もぎこちなくそれを真似する。

 だが、神への感謝の言葉が頭に浮かぶはずもなく……。


 ――Aランク。

 普通の冒険者が到達できる、最上位のランクだ。以前、ロブさんから聞いた話によれば、この広い帝国領の中でもその人数は二十人に満たないらしい。曰く、Aランクに昇格するにはギルドへの貢献だけではない、確かな実力が必要なのだと。それ故に、そこまで到達した者には帝国騎士や宮廷魔術士の席といった準貴族の地位が待っている。

 ……その高みに上り詰めておきながら、この人は何故それを簡単に手放してしまったのだろう。

 みすぼらしい格好、質素な生活、禁欲的な思想。

 淀みなく美しい祈りの所作はまさしく聖職者のそれであり、俺はますます彼の事が分からなくなった。


「あなた、一体何者なんですか……?」


 祈りを終えた神父様に問いかける。不躾な物言いにも特に気分を害した様子はなく、彼は不思議そうに首を傾げた。


「見ての通り、イグドラの巡礼者だが。他に何に見える?」

「いや……。えーっと、そういう事じゃなくてですね……」


 上手く言語化できずに唸る俺を置いたまま、神父様は眼前の簡易祭壇を片付け始める。聖典を懐にしまってから、彼はぽんと自分の膝を叩いた。


「……良い事を思い付いたぞ、カリス君。これからはなるべく、街道は通らないようにしよう。山野に道を切り拓いて、聖都を目指す」

「どうしてっ!? というか、何の意味が――」

「人里離れた地を巡り、信心を研ぎ澄ますのだ。さすれば、今日のようにモンスターとの縁を多く結べるだろう。彼ら迷える魂をバルハラへ導く事こそ、私たちに課せられた使命なのだから……」


 うっとりとした表情で旅の方針を勝手に決めた神父様は、狼狽する俺を置いたままさっさと歩き始めてしまった。


「何をしているんだ、冒険者(ムダ飯喰らい)のカリス君。巡礼の旅はまだまだ始まったばかりだぞぉ!!」


 はっとして、地面に投げっぱなしになっていた弓と矢と短剣を慌てて拾う。それから、ゴブリンの頭目が使っていた長剣も一応確保しておいた。

 先を行く神父様の大きな背中を追いかけながら、俺はしみじみと思った。


 ――この神父、やはり頭がイカれているのでは?

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