★ゲヴァルト神父と祈りの時間(1)
――敵の数は…… 十五体!?
道の前後に素早く視線を這わせ、状況を把握する。
ここは旧帝国街道の中でも、特に悪路と名高い山道。俺たちはイグドラ教の聖都レスベルグを目指す旅の途上で、この場所は避けて通れない。
だが、その道の前後を塞ぐように、前方に八体、後方に七体のモンスターたちが立ちはだかっていた。
今いるのは、周囲を崖に挟まれた山間の隘路である。道幅は辛うじて馬車一台が通れる程度しかなく、左右の崖はほとんど垂直に反り立っている。登るのは難しいだろう。
つまり、退路は無い。戦闘は回避不可能なようだ。
問題はその相手である。
「ゴブリン……」
尖った鼻と耳が特徴的な、人型モンスター。身体の大きさは人間よりやや小さいくらいで、戦闘能力もそれほど高くない。
厄介なのは、高い知能を有している事。木や石を削って武器を作ったり、いくつかの群れが集まってコロニーを作ったりもする。こうした見通しの悪い街道近くで待ち伏せをし、道行く旅人や行商を襲っては財貨や食物の強奪など悪事を働く。
発生から時間が経てば経つほど知恵を付けていき、脅威度はどんどん増していく。例えば、眼前の敵たちのように……。
「グゥシシッ…… カカカカ……」
ゴブリンたちが嗤う。
道の先を塞ぐ八体の中に、ひときわ身体の大きな個体がいる。他のゴブリンが木の棍棒やら石斧やら刃こぼれした短剣やらを武器にしている中、その一体だけが真新しい長剣を握って鉄兜と胴当てを身につけていた。あれが奴らのコロニーの頭目だろう。
装備の充実具合からして、すでに何度も人間を襲っているようだ。隘路で挟み撃ちにするという“賢い”やり方も、経験の中で学習していったのだろう。頭目の確定したこの群れは、すでに一個の統制された集団となりつつある。
――こいつらの討伐依頼を出すとしたら、適正レベルはDランク冒険者の五人パーティといったところか。人数さえ揃えられれば、それほど難しくはない相手だ。
そう、人数さえ揃えば……。
残念ながら、今この場にはたった二人しかいない。Dランク冒険者の自分と、元冒険者らしいゲヴァルト神父。ウェスティアの街を出発してから五日間、襲ってきたモンスターを追い払うのは俺一人の役目であり、神父様はただ後ろで見ているだけであった。
冒険者から聖職者に転身するというのは、そう珍しい事ではないそうだ。命を削るような仕事をこなす日々の中、傷ついた心が信仰による救いを求めるようになるらしい。冒険者として大成できなかった者ほど、その傾向は強くなるのだと。
一ヶ月前までパーティを組んでいた、神経質そうな顔の魔術士の事を思い出した。彼もまた、すっぱりと冒険者を辞めて修道会の門を叩いてしまった。
隣に立つ長身で大柄な聖職者を見上げる。おそらく、この人もそういった経緯で信仰に目覚めたのだろう。戦力としてはあまり期待できそうにない。
「……ゲヴァルト様、ここは一旦退きましょう。二人がかりで背後の七体を攻撃して、怯んだ隙に逃げるしかない」
それが最善だろう。付近の街や村まで逃れた上で、きちんと準備をしてから改めて討伐に臨む。他にも冒険者がいるようなら、即席のパーティを結成するのも良い。
俺は肩掛けにしていた短弓を左手に持ち替え、右手を矢筒の上に構えた。いつでも動き始められるように。
「見給え、カリス君」と、神父様が俺の名前を呼んだ。
「戦士に昇華しているゴブリンがいるぞ。発生から四ヶ月は経っていよう。まったく、この付近の冒険者たちは功徳が足らないのではないか。嘆かわしい事だ――」
現役の冒険者たちへの愚痴を呟きながら、護衛対象の神父様はぽりぽりと尻を掻いていた。
ゆったりとした布地の服――カソックと呼ぶらしい――は薄汚れているし、何より、神に仕えているとは思えないこの人相。茶色い髪はボサボサであちこち跳ねており、口元には手入れのされていない濃い髭が目立つ。
そもそも、俺はこの人について詳しく知らない。ギルドマスターから護衛の依頼を紹介されただけなのだ。彼曰く「お前にとっては勉強になるし、金にもなる」のだと。ちょうど活動拠点を他の街に移そうと思っていたので、俺にとっては一石二鳥のありがたい依頼だった。
実際、かなり美味しい依頼だとは思う。神父様からは前金としてかなりの額を頂けたし、聖職者と一緒の旅なら各街での宿泊場所の確保も難しくない。道中で倒したモンスターの魔石については、全て俺が貰っていいとも聞いている。だから、多少の事は我慢しようとは思っていたのだが……。
隣に立つ神父様がひひひっと下品に笑った。モンスターに包囲された現状について何か考えがある様子ではない。この人、本当に聖職者なのだろうか?
「とにかく逃げますよ、神父様」
俺が囁くと、彼はようやくこちらをジロリと睨んだ。生気の感じられない灰色の瞳に俺の姿が映る。
「……カリス君。君は、あの迷える仔羊たちと道連れ覚悟で戦ったとして、何匹殺れるかね?」