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「どこがロマンチック?」と、彼女は言った

 駅前にある、ごくごく普通のファミリーレストラン。

 騒がしい店内の一角、ガラスのパーテーションで区切られた簡素なボックス席で、私と彼女は向かい合っていました。


 一人は、鋭い目付きが特徴的な女子高生。私です。

 思い切って襟足を短く切ってもらった髪は外にハネており、頭頂部からは寝癖のように一束の髪がぴょこんと伸びています。

 落ち着かない気持ちを隠すように、コーヒーの入ったカップにちびちびと口を付けています。持ち手を掴む指が震えているせいで、カップの水面には小さな波が立っていました。


 私の視線は、目の前に座る少女にくぎ付けになっています。

 腰まで伸びたブロンドの長髪、コバルトブルーの瞳をした異国情緒あふれる美しい風貌。大人の色気を醸し出す真っ白な肌と、少し野暮ったい紺色のセーラー服とが、絶妙なアンバランスさを生んでいます。

 私とは対称的に、彼女は流れるように優雅な所作でコーヒーを飲んでいました。


「――アルバイトについて、ボクからの説明は以上。何か質問はあるかな?」

 異国風の少女がそう問いかけてきました。


「あ、あります」

 と、私はもごもごと口ごもります。

 脳をフル回転させながら、ここまでの経緯を思い返していました。


 そもそものきっかけは……。

 高校の入学式を終えたその帰り道、まだ桜が八分咲きの駅前通りで、突然この異国風少女に声を掛けられたところから始まりました。


『キミにピッタリのアルバイトがある。ボクの下で働かないか?』と。

 女神のように艶やかな微笑を浮かべながら、彼女は手を差し伸べてきました。


 どう考えても怪しいお誘いです。

 なのに、私はそれを断れませんでした。いえ、断るという選択肢すら、全然頭に浮かばなかったのです。


 舞い散る桜のピンクの花弁と、太陽を浴びてキラキラと輝くブロンド髪。その中にあって宝石のように深い青を湛えた瞳が、ただ自分一人だけに向けられているという感覚。

 色鮮やかなコントラストに、私は一瞬で心を奪われてしまったのです。

 胸の中に芽生えたその感情に「一目惚れ」という単語を当てはめていいものか。ロマンチストでない私には、その確証が得られませんでした。


 かくして、二人の少女はこのファミレスで仕事の相談を始めたわけですが……。


「どうして私をスカウトしたんですか? そりゃあ確かに、武術の心得があるのは事実ですけど……。基本的には、ただのか弱い高校生ですし」


 自分でも何言ってるんだろう、と思いながら私は尋ねます。

 異国風少女は静かにカップをソーサーに置くと、そのつやつやとした唇を開きます。


「さっきも伝えた通り、ボクの求める人材は特殊でね。肉体と精神、その両面で必要な資質を備えているのが、キミだった」

「うーん……?」


 何が何やら。私は首を捻ります。

 高校に入ったらアルバイトに励もうと考えていた私にとって、彼女の提示する労働条件はとても魅力的に思えました。

 テーブルの上に置かれた、達筆な文字が踊る手書きの求人票をもう一度眺めてみます。


[給与] 日給7000円~(要相談)

[勤務日数] 不定期(1日2~3時間を想定)

[必須要件] それなりの身体能力


 うーん。

 時給換算で2000円以上、女子高生が受け取るには破格の額です。アルバイトにどう「身体能力」が絡んでくるのかは謎ですが。

 いや、それよりも、


[業務内容] ★主に異世界でのモンスター退治をお任せします


 業務内容の意味が全然分からない……。

 私はもう一度確認するように、求人票の文字を指でなぞりました。


「そもそもですけど……『()()()』って、なんですか?」

 つとめて冷静に、私は核心部分を尋ねます。


「ここではない、別の世界の事さ」

 いたってシンプルに、的を射ない回答が返ってきました。 


「えーと、その異世界……? そこで、私に何をしろって言ってました?」

「ドラゴンを殴ってきてくれ」

「そんな貴女は?」

「女神様」

「う、うーん……?」


 私の頭の中では、脳内全域を埋め尽くすほどのクエスチョンマークが浮かんでいます。

 ブロンド髪の異国風少女――自称女神様があまりにも堂々としているせいで、おかしいのは自分か彼女か、すっかり分からなくなっていました。


 そんな悩める私の様子を眺めながら、女神様はくつくつと忍び笑いを浮かべます。


「……キミ、可愛いね。アルバイトとは関係なしに、ボクの恋人になる気はない?」

「はっ、な、何をぅっ!!??」


 ダン、とテーブルに勢いよく手を付くようにして、私は思わず立ち上がってしまいます。それがおかしかったようで、女神様はとうとう声を上げて笑い始めました。

 店内中の注目が、今や私たち二人へと集まってきていました。


 私の顔面はリンゴのように真っ赤に染まっていることでしょう。

 甘い言葉を投げかけられたせいか、周囲の耳目を集めてしまったせいか、どうして自分の心臓がかつてないほど高鳴っているのか、私はその理由を特定できませんでした。


 女神様が目元を拭いながら、「冗談だよ、冗談」と息も切れ切れに言ってのけます。

 彼女はブロンドの髪を掻き上げて、イタズラっぽく微笑みました。


「――でもさ、ファミレスで愛を語らい、ファミレスから異世界を救う。それってとっても、ロマンチックだとは思わない?」


とっても変な物語です。

よろしくお願いします。

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