エピローグ【希う】
「こんなことは、最初からなかった」
テンプルオブヤヌスは巨大な氷塊にぶつかり、約二〇〇〇人の死傷者。行方不明者たちごと沈没していった。どうしょうもなくて、最後の給油を受けた水上偵察機だけがどこか遠くへ飛び立っていった。
この物語は、最後、必ず、誰かが報われなければならない。
でも、こんなことは最初からなかった。
新聞は二〇〇〇名のクルーズ客船が行方不明になった事実と、国際的な捜索活動にも関わらず船体が発見されていない事実だけを報じ、一週間後には新型コロナウイルス関係やアメリカ大統領選挙のニュースなどで誌面が埋め尽くされ、事件はまたたく間に風化し、人々の記憶から忘れ去られてしまった。
何もない深緑の丘の上、夏の終りのやさしい風が頬をなでる。あれから髪が伸びて、外見からでは涼子か冬子か区別がつかない。
少女は車椅子の上で遠くを見つめている。何を考えているのかわからない。
どこからかたばこの淡い煙がたなびいて、どこか遠くに消えていった。
あの暑い夏の日々から半年が経過した。そしていま、南半球のどこかでまた別の短い夏が終わろうとしている。
完