四章【たったひとりの軍隊】(12)
涼子は完全に錯乱した。出血していないからきっとまだ生きている。
「誰か、お祖父ちゃんの頭をさがして!」
涼子の心が、折れた。
異能はますます暴走する。もう完全に制御不能なのではあるまいか。
無差別に船体を破壊してゆく。このままだと時間の問題で沈没する。
死者が増える一方なので、船長は各員に船内まで下がるよう通達した。
外は先ほどまでが嘘のような猛吹雪だ。本船はロストコントロールしたままホワイトアウトする。屋外に一歩出たら自分の手の先すら見えない。
こんな世界を、すべて創り直す
暴走する力を回避した涼子は、飛び散った船体の破片で深手を負っていた。
力尽きて倒れた涼子を、誰かの手が支えた。
両脚を喪失した祖父だった。這っていた。
「お祖父ちゃん、やっぱり生きてたんだね……」
「おまえらを争わせた。儂の責任だ。おまえらにはなんの罪もない。だからもう泣くな」
「お祖父ちゃん、お祖父ちゃん!」
「儂には……儂は……」
「お祖父ちゃん!」
「やめ……ろ……儂はおまえの……祖父では、ない……」
古賀老人は涼子の手から軍刀をそっと預かった。
「儂の責任は、儂がとる……」
両脚を喪い、もはや立ち上がることさえできない老人が刀を抜くなり、頭部が消えた。
特殊部隊をたったひとりで撹乱し続け、生涯を戦いに捧げた戦士が死んだ。
涼子は完全に錯乱した。
出血していないからきっとまだ生きている。
「誰か、お祖父ちゃんの頭をさがして!」
錯乱した涼子に異能が迫る。
ここはどこだろう。寒くて暗い。
「誰なの? わたしは……?」
「そのときに初めて気づくの。本当に自分を支えてきたものがなんだったのか……わたしは憎しみから生まれ、憎しみによって育てられてきた」
「もういやだ! 何も見たくない! 何も見たくない!」
「だから、あなたが本当に大好きだけれど、あなたを殺す。だってあなたはわたしを殺ししにきたのでしょう?」
まったく同じ声。涼子なのか由希子なのか、本人らにさえ、もはや区別がつかない。
「これが、わたしの悲鳴、わたしの痛み。それらをすべて開放する……」
「理解できないから、わたしはそれになった。結局、何もわからなかった」
「裏切るつもりで裏切ることなんか、できない」
「でもそれが結果的に裏切りになって、人を傷つけてしまって、争いを生んでしまうことも知ってる」
「あなたたちを傷つけた。わたしは、この先も一生、自分を許さない」
「痛みをなくしたら、もう走れない」
もはやお互いにさえ、お互いの区別がついていない。
船内からは何も見えない。ここにはもう誰もいない。
「最強の盾も槍も、守るものがなければ、意味がないんだ!」
ふたりのシルエットが、いま結界のなかでひとつに重なった。
「もう誰にもわたしをとめることはできない……」
「もう誰にもわたしをとめることはできない……」
「「もう誰にもわたしたちをとめることはできない……」」
融合し、ひとつの『個』となったふたりの対話は続く。
「わたしのちからが暴走して、無差別に人を傷つけた。わたしには『許して』を言う資格がない」
「苦痛だけがわたしが生きている証」
「痛みを頂いた。とても大切な、わたしたちだけの傷痕」
「あなたが大切にしたいのはただのちっぽけな自尊心」
「正直者はうそをつかない」
「共通の敵が現れても協力するわけでもない。まだ争っている。それが、人間」
「わたしは世界に何も期待していない……」
「顔もない。名前もない。誰にでもなれる」
「いいえ。忘れたらわたしは破壊の意欲を失う。だから、破壊し尽くすまで、己の罪と痛みから目をそらさない」
「ふぅん。わたし、怖くないよ」
「そう……」
「そうだよ」
「まだ始まってもいないものをどう終わらせるの? 終わらせることはできない」
「最初からなかったことにはできる」