四章【たったひとりの軍隊】(11)
「弱者なら何をしても許されるか? 答えは否だ。悪事をはたらけば相応の報いを受ける」
歪で
非対称で
似ている
あなたの
やさしさに
おぼれた
もう
やさしくしないで
汚してよ
あなたの手を汚して
キツネがぼそりとつぶやいた。
「弱者なら何をしても許されるか? 答えは否だ。悪事をはたらけば相応の報いを受ける」
神父が微笑んだ。
「ふっ、おまえはたまに楽しいことを言う」
「自分めがけてブーメランを投げるやつなんざいたのか……てっきりネットのSNSの作り話だと思ったぜ」
「日本のことわざは哲学的だな」
キツネはツッコまなかった。
これ以上は漫才につきあっていられない。
「わたしの怒りは、わたしを怒ってくれる人に任せるよ。苦しみ、悲しみ、痛み、絶望。わたしなら、もう、それだけでもう十分だから……」
「ひとりで絶望の自家発電をしてろ! 殻から出てくるなァ!」
「はい」
由希子は解答した。やっと会話が成立したと思ったら、由希子は素直に殻を閉ざしてしまった。
「やめろ、出てこい!」
涼子が祖父の形見の刀で滅多突きにするが、どうにもなりそうもない。
否、殻がますます肥大してゆく。涼子も徐々に取り込まれてゆく。
「それさえも喰らうというのか……」
神父が感嘆の声を漏らす。
みぞれはやがて小ぶりの雪になった。キツネならもう神父の相手はしないと決めている。だから神父は独り言をこぼした。
「心の歪みと、心の飢えが、なにもかもを喰らう」
由希子は巨大な結界のなかで再び泣き出した。
「まだ足りない、足りないよぅ」
「身近なやつだけみろよ! そいつがおまえの! 世界! だ!」
完全に殻に飲み込まれてしまった涼子が叫ぶ。
「涼子ちゃん、わたしたちはもう一緒だよ……?」
「由希子、信じてくれてありがとう。わたしもあなたが大好き。だけどこれがわたしの役目だから。もう子供ではいられないから……」
「もう他人じゃないし自分じゃない」
「ああ」
「わたしは、もう過去にも未来にも怯えないでいいんだよね……?」
由希子の内なる声がささやく
(そんな未来のことがわかってたまるものか……)
「うるさい、おまえは神様じゃない!」
由希子が突然叫び、殻はその強大な力で涼子を吐き出した。
結界から弾き出された涼子は即座に構えた。
「考えることなんかやめちまえ……。おまえが何もしなければ、誰もおまえに興味を示さない。敵も味方もいない。そんなに争いがいやなら、口を開くな。黙ってろ」
「最初から、何もかも間違っていた……」
「今日この日まで、生き延びてくることができたのに、どうしてあなたは悲しい顔をしているんだよ? 笑って喜べよ……」