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きりきざむもの ものをはむもの2  作者: なるみなるみち
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四章【たったひとりの軍隊】(10)

「由希ちゃん。あなたとわたしで、こんなことはすべて終わらせよう。だから、もう泣かないで。あなたは、ひとりじゃないよ」

 涼子が絶叫し、刀を振り上げたが、由希子の一方的かつ圧倒的な暴力を前に、屈した。

 由希子はとても悲しそうに泣いていた。

「自他の痛痒を知りつつ、それに囚われない。わたしが生存可能なたったひとつの方法なら、それをやるだけ。相手の負担は考慮しない。それは相手個人の問題だから。わたしは自分の手を汚していないからわたしのせいじゃない。ごめんね、涼子ちゃん、わたしには何もしてあげられない……」

 まるでまともな人のようだ。支離滅裂でまったくまともではないが。由希子は続ける。

「ひょっとしたら、わたしはやっと楽になれるのかもしれない……。全世界が許さなくてもわたしならわたしを許してあげられる……。他人の痛みや憎しみ、絶望の全てをわたし一人で背負って救済したい……。ここはわたしがいない。この世界はわたしじゃない。自分のいない世界を救済する。そのためにはわたしが世界になればいい」

 彼女にしかわからない理屈で、由希子は見えない異能()に命じた。

「さあ、朽ちた翼よ……!」

 無数の翼のかたちをしたものが涼子に襲いかかる。

 同時に翼が全てを閉ざす。涼子は唇を噛んだ。

「あなたを許さない。あなたはだけは……」

 由希子の血で生かされた涼子も無力だった。

 涼子は点の人生で生きてきて、純粋すぎるがゆえに、由希子の狂乱に対して何も打つ手がない。

 爆発でデッキが陥没し、涼子は血しぶきをあげながら穴に転落していった。

 まず間違いなく致命傷だ。生存の可能性などあろうはずもない。

「わたしが切り刻んできたのは、わたし自身だったんだね……。わたしの敵は、わたし。わたしたちの敵……」

「絶望に昏く沈んだ瞳を浮かべた由希子の頬を、一発の銃弾がかすめた。

 涼子だった。なぜか穴から這い上がってこれたのか、誰にも説明がつかない。

 涼子はデッキに転がったヒカリの亡骸をとっさに拾い上げて、盾にしたのだった。

「許せないんじゃない。直視ができないんだろう……?」

 起死回生の機転だった。遺体を踏みつけることを許さず、自分はそれを平気で盾にした涼子は続けた。

「誰も傷つけずに、自分だけが傷つこうとするなんて、そんなのただのエゴだ! あなたが悲しいとき、誰かもまた心を痛めている。だから、前を向いて。あなたがあなたを許すことが最初の一歩。一緒に歩きはじめよう。自分だけが、自分を許すことができる方法なんだ」

「こんなことは最初からなかった」

「由希ちゃん。あなたとわたしで、こんなことはすべて終わらせよう。だから、もう泣かないで。あなたは、ひとりじゃないよ」

「わたしも、ひとりじゃない……?」

「わたしが復讐するよ。あなたの苦しみや悩みををわたしが終わらせてあげる」

 涼子は己の最後の異能()を全身に集中させる。由希子を殴るためだけに。

「話なんか通じなくてもいいんだ……言葉なんかで何がわかるものか……。あなたが神様だろうと、もう負けない」

「ごめんなさい。ごめんなさい……」

「もう泣くな。こんなことは最初からなかった。なかったんだよ。もう安め……誰もおまえを許さないから、安心して、眠るんだ……」

「みんな無責任ね……」

「それでもおまえは負けた! 己の弱さに負けたんだ!」

「もういない、いない、どこにもいない! みんなも、わたしも……」

「なら、一緒に休も? わたしだってもう疲れちゃったよ……」

「わからない……わたしにはわからないよ! わたしはみんなともっとお話しがしたいの……」

 言葉と裏はらに、とっくに心を閉ざしている少女が叫んだ。

「わたしの罪がわたしを許したら、誰がわたしを裁くの……?」

「生き延びるより、優先すべきことがある、たとえ全世界を敵に回しても……!」


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