四章【たったひとりの軍隊】(6)
「うるさい、わたしはあなたを許せない……」
「奇遇ね。わたしもだよ」
たったひとりの仲間であるヒカリがやられても、由希子に一切の動揺は見られなかった。自分を大切にしない女が、他人のことを気にするわけもない。
雨に濡れることを厭う由希子の異能が土砂降りになった雨のおかげでもう丸わかりだ。見えているものを恐れる理由はない。さらに慎重に、もっとダイナミックに。
暴風雨のなか、歓喜の舞を躍るように、涼子の刀身が由希子の首もとに迫った。
「わたしの寝所へようこそ」
由希子はまるで親しい友人を自分の部屋に迎え入れるかのごとく微笑んでいる。
刃が静止した。薄皮一枚傷つけることもできなかった。由希子が黄泉の国から誘うような低い声でささやいた。
「あなたはわたしと交わり、眠るの。これからずっと、永久に……涼子、緊張と興奮、そして恐怖には匂いがあるの。だから見えなくてもあなたがどこにいるかわかる」
「うるさい、わたしはあなたを許せない……」
「奇遇ね。わたしもだよ」
「操舵室。私だ。通信が回復したぞ」
フレシエッタはインカムに呼びかけた。しばらく応答がない。
「私がニセモノでもいいからとにかく応答をしろ!」
--キャプテン……? 本船のコントロールが回復しました!--
「わかっている。現在位置はどうなっている」
天候が悪い。周囲三六〇度が海なので、プロの船乗りでもGPSがなければ確実に遭難間違いなしだ。
--インド洋、オーストラリア西端から約一千キロを南下しています!--
フレシエッタは頭のなかで移動距離と速度を素早く計算した。
「船体の限界以上だ、急いで最大船速まで落とせ!」
--イエスマム!--
「進路方向を正確に伝えよ」
--な、南極点に設定されています……!--
雨が徐々にみぞれになってきた。異常気象の影響だろうが、このままだといずれは確実に真冬の世界に進入することになる。
「わかった。別命あるまで最大船速と進路を維持」
--イエスマム!--
フレシエッタの判断は、船長として何もかも正しかった。