四章【たったひとりの軍隊】(5)
涼子もまた、人的災害として覚醒する――。
電気で動くものすべてを自在に操れるヒカリは、己に対する敵対感情以外にはまるで無頓着だった。
それでも通信内容の意図に気づかれて即座に電源を切られてしまったが、必要な情報が伝わったのは幸いだった。そして、由希子も涼子がどこにいるかを察したはずだ。
暴風雨の中、見えない球体に覆われた由希子を、素肌の上から中世の騎士のように機械をまとった少年が護衛している。
いちどでも心が屈した相手など見たくもないのが本音だったが、道具は何も考えずに突進した。刀が通るはずもない硬い金属の部材を貫通する。
一卵性双生児として生まれ、同じDNAで、由希子から血を分け与えられ、精神的に追い込まれることで、涼子もやはり発症していたのだ。実に涼子の性格らしい、まっすぐな異能の力を。
養子であろうと一般家庭で育てられた由希子は歪んだが、殺人の道具として最低の環境で育てられた涼子は歪であってもどこまでも真っ直ぐだった。
「ありがとう、利用させてもらうぞ!」
涼子は感謝の言葉を叫んだ。
ヒカリと呼ばれた少年も、状況が理解できずに困惑している。
刀はなんでも斬れるわけではない。どんな達人でも、最高の刀であっても、軽自動車のペラッペラな外装パーツを斬り裂くのがせいぜい関の山だ。
道具はそんな常識さえ考えなかった。
「命がほとばしってるから! 燃え尽きるまで疾走る!」
由希子は雨に濡れることを極端に嫌っているようだ。傘代わりにした異能がどこまで作用しているか、雨のおかげでまるわかりだ。
間隙をついて、涼子はヒカリの後ろに回り込んだ。
刀は、そこにあることを相手に気取られたら効果はなくなる。素人でも走って逃げてしまえばいいし、相手が怯えなければ、木の棒切れひとつでどうとでも対処されてしまう。「刃物だから怖い」、ただそれだけのツールでしかない。
だから、なるべく無防備なところを狙うのが正しい使い方だ。
涼子の万物貫通が、防御を貫いた。切っ先は正確に、背中から心臓を貫通した。
手許のわずかな加減でひねりを加える。確実に人の生命を断ち切る最短コース。どういうわけか、心臓に仕掛けられた爆弾は炸裂しなかった。しかし、そんなことは涼子にはどうだっていい。
それまでの対象の行いが善行だったか、それとも悪だったかなど考慮しない。
怒りも憎しみも悲しみもなく、ただ作業としてこなさなければ、自分が殺されてしまう。
ヒカリは糸が切れた操り人形のごとく、頽れてゆく。