四章【たったひとりの軍隊】(3)
由希子もヒカリを伴ってどこかで休んでいる。彼女と彼は無敵の存在だった。無限に閉ざされた結界を、蠢く機械が守っている。近づくこともできないし、戦車の主砲や対物ライフルで機械をいくら破壊できても、由希子の結界は物理的な攻撃を一切遮断してしまう。
床も天井も破壊し尽くされた教会は閉鎖され、そこでいまふたりは安心しきっている。
ふたりこそが、本船におけるもっとも神聖にして不可侵な存在だった。
不完全であるがゆえに脆く、脆いからお互いを支え合い、心も身体もいまひとつになっている。
ふたりしかいないが、考える頭はひとつ。少年は快楽を享受しながら、由希子の一部として役割を果たす。
たとえ潜水艦が魚雷を発射したとしても、結界が完璧に防護する。寸分の隙もない。由希子はそう確信してやまなかった。
彼女は完全性を手にしたことで、油断していた。
そんなことを涼子が知るはずもなかった。あるかどうかもわからない好機、そのタイミングを、涼子はひたすら待ち続けていた。
魚の餌として海洋投棄されるはずだった旨くもない残飯をどこかから拾ってきて、戻しそうになるのをこらえながら、一口ずつゆっくりと押し込んでいる。これは、今日を生き延びるためのエサ。食べないと、戦えない。
涼子は最高級の残飯を、そうとは知らずにひたすら口に押し込んでいた。一食何万もする残飯で、涼子は戦う体力を温存し続けている。
もう気絶しそうだと思ったが、とっくに気絶していた。
--投降しろ--
突如としてスピーカーの音声に叩き起こされた。これでもまだ休ませる気がないのか。
涼子は軍刀の柄に手をかけて飛び出すタイミングを図った。ひたすらじっとしていると、スピーカー音声は続けざまに言った。
--そちらからは録音された声しか聞こえないだろうが、こちらからは丸見えだぞ--
(沈黙が一番頭を使うんだね……)
涼子は小さくつぶやいた。
うかつに動けない。
あちらさえその気なら、いつでもやれていた。
五・五六ミリでも貫通しそうな救命艇の薄い外壁と慌てていま身につけたボディアーマーでは、対物ライフルは防げない。もしもボディアーマーを貫通しなかったとしても、確実に全身の骨を粉砕し、内臓破裂、四肢粉砕で即死する。あわてても仕方がない。涼子は折れた銃剣に槍の穂先を包帯でくくりつけてサンパチ式に着装した。柄など折られても槍は十分武器になる。いざとなれば穂先だけ投擲すればいいよう、前からはすぐ抜けるようにした。
不思議なことに、人の気配はない。
キツネがとっくに裏切っていることなど知るよしもない。
こういうときは「頭を使わないことがもっとも合理的だ」と、キツネは言っていた。「答えのない迷宮」については考えないことが一番だ。
「地雷原こそ一番安全なんだね……」
涼子はあくびを噛み殺した。
世界のすべてを敵にまわしてそれでも「戦う」。
これはわたしの戦争。わたしが、たったひとりの軍隊――。