四章【たったひとりの軍隊】(2)
酷い夢だった。
サーベル式軍刀を抱いたままウトウトしていた涼子はまず全身の服を脱いで汚れた汗をウィットティッシュで拭った。
涼子はついさっきまで人知れず単独行動していた。
悪意はいつだって人のかたちをしている。「正しい」ものはその正しさを根拠になにも責任をとらない。だから、近寄ってきたら無条件で斬る。本質的な部分では敵である由希子の異能と何も違いはない。
血で汚れた服を着た。着替えがないからだ。
「武術はあくまで体格にまさる相手から逃げる技術。でもね、現代戦では、道具が人間の個体差を補ってくれるから、小兵の方が有利な場面も多いんだ。的が小さいからね」
そこらの適当な警備員を通り魔さながらに沈めて言って、涼子は未使用の弾倉カートリッジを補充した。軍刀ならもう刃こぼれしており、半ば折れ曲がっている。これではもう鞘にはおさまらない。
涼子は階段を駆け上がる。最初に由希子と交戦し、祖父が倒れた場所で遺品の仕込み杖を回収し、拠点のタグボートに潜り込んだ。最後のエナジーバーを頬張りながら、曲がった軍刀の刀身を外し、祖父の仕込み杖の刀身と入れ替えた。排水量の大きさゆえにどっしりと安定している本船と違い、懸架されているだけのタグボートはかなり揺れているから気をつけながら作業するしかない。
祖父からは戦国時代の終わりに平和を祈念して鍛刀されたと伝え聞いているが、詳しくはわからない。海のように波打つ刃文が特徴的だ。無銘の末古刀、濃州関寿命――は、そのままサーベル拵にジャストフィットした。この刀に合わせて拵えを作らせ、軍刀の方を磨り上げさせて調整させたというのだから当然だ。
「『想う』が一番楽だね。『想われる』のはわたしには荷が重い」
他人のふりで近づいて、仲良くなったら背中から刺す。涼子はそういうのがいやだ。いやだけど必要ならそれをする。道具は考えない。
口にペットボトルの水を少し含んだ。巨漢よりも少ない空間、少量の補給で事足りる。これこそが小兵の利点だ。体格に劣る日本軍が圧倒的なロシアや米国を相手にうまくやれたのは、及ばないなりに対抗できたからだ。
腕時計を見る。これも祖父の形見分けだ。一〇分くらいは休めたようだ。
全身疲弊しているが、あと少しで終わるはず。
小孔を開けられたサンパチ式歩兵銃のパーツを修復し、組み直す。これで一応は使えるようになった。
徐々に明るくなってきた艇外をのぞく。まだ人が動き回っているから静かにしていた方がいい。
少女は気づいていなかった。キツネが寝返り、彼女たったひとりで乗員乗客約二千人を向かうにまわして標的を仕留めなければならないことを。
もしそのことを知っていたら、彼女は絶望したろうか。
否。道具は考えない。
かなり肌寒い気がするが、上着を羽織ると異常に発汗する。自律神経をやられているせいで体温調整がうまくいっていない。ここはどこだ。
涼子は、南下する船が赤道線を再び通過して南半球に入ったことを知らなかった。