三章【おわりがはじまる】(15)
まだ船内外のあちこちで戦闘が発生している。
「本船コントロールロスト!」
「無人機もすべてコントロールロスト! 外部入力を一切受けつけません!」
「本船操舵はマニュアルに切り替えろ! 急げ」
「センサー類もGPSもダウンしています! 電子コンパスが回転しています! 正確な方角がわかりません」
「慌てるな! ここからは経験とカンだ。方角は日中は太陽の位置、夜は星座で判断しろ。この海域なら座礁するおそれはない! 監視員は双眼鏡で目視せよ。船首回頭、ポートサイド一五度、通常海路から少しでも外せ! 機関フル出力だ!」
「だめです、マニュアル切り替えができません!」
とっくに着水している零式水上偵察機の収容さえままならない。いつ船からの攻撃で沈められるかもわからないから、ドローンのコントロール範囲外ぎりぎりの距離で燃料補給が受けられるのをじっと待っている。
この状況下で船が勝手に動き出した。最悪だ。
船内通信と放送が船長の声で出鱈目な指示を出している。了解しただの無理ですだのと応答があるが、それさえ信じられない。いいように撹乱されてしまっている。
「手遅れと決めつけたら手遅れだ。手遅れなりに、考えろ。わたしはあきらめてない。まだなにもあきらめてはいない!」
想定不能なトラブルに、フレシエッタが叫ぶ。この船は臓腑から食い散らかされている。
「いつまでも内部抗争をしている場合ではなさそうだ。次こそマガイモノでなくホンモノがくるぞ。各員に告ぐ。敵部隊に一時的な停戦を申し伝えろ。信号弾を使え」
船長命令で、船上のあちこちで信号弾が打ち上げられる。
何者かが打ち上げた別の色をした信号弾が「承諾した」と告げている。
「通信は一切無視しろ。信号弾が尽きたら手旗信号でも構わん」
「イエスマム!」
悲鳴に近い返事だ。
軍隊上がりで、不測の事態に慣れている操舵室の要員もついにパニックに陥り、彼らにとって直接耳に聞こえる船長の肉声だけが最後の理性だった。
デッキでは、先ほどまで敵だった特殊部隊に船員が傷口をふさぐために防弾ボディアーマーを脱がせて止血パッチを当てている。負傷者は珍しく女性隊員だ。
胸部と腹部に被弾して水を欲しがっているが絶対に何も与えてはいけない。内臓のどこに穴があいているかわからないからだ。頻繁に吐血している。
「ドクターはまだか!」
男性ヤヌスガードが怒鳴る。
「無理でしょうね。自分たちでやるしかない。いま何百人もいる患者をたった八名が徹夜で診ている」
メアリーはタオルを絞り、負傷者に噛ませた。
明確な違法行為だが、メアリーは口に含んだボトルのウィスキーで消毒したナイフと素手で肋骨に沿って丁寧に腹を割いた。鎮痛剤のモルヒネもここにはない。
ガムを噛んでは内臓の出血部に貼りつけている。感染症のリスクがあるが無菌室など作っていたら確実に間に合わなくなる。内臓の出血部と開腹部をふさいでから、メアリーは口に抗生物質を含み、すでに失神した隊員の口に送り込んだ。多少雑だが素早く縫い合わせる。
人を殺す方法をよく知っているから、少なくとも素人ではない。しかし、これでもうメアリーは傷害罪もしくは医師法違反だ。
特殊部隊の残存兵力はもう五名にも満たない。行方不明者を大量に出しており、彼らの作戦はこれでついに遂行不可能になった。
投降する片端から各現場判断でヤヌスの指揮系統に組み込まれてゆく。
憎しみあっている場合ではない。生きるか死ぬか。親の仇だろうと協力するしかほかに選択肢がない。
ふたつの異能はもはや、この場にいる全人類共通の敵だった。
無差別攻撃するドローンに対空装備がないヤヌスはサブマシンガンの乱射で悪戦苦闘している。
それでも何者かが発射したショットガンで何体かのドローンが撃墜され次々と爆発した。
神父が生きていたのだ。しぶとい。
「あちらが搭載できるのはせいぜい二二口径までだ。弾数も知れている。爆薬を積んでしているから十分に引きつけ、よく狙って対応しろ。爆風に巻き込まれるな」
真顔で無茶なことを命令口調で口にする。
メアリーは患者の治療に集中しながら、「イエッサー」と返事した。
信号弾はキツネも見ていた。回答しようがないがハンズアップでとっくに投降している。
銃器を与えられたキツネはとてもいやな顔をした。
「おれ、まともに戦ったことがないんだよなぁ……」
涼子の行方は彼も知らない。尋問されてもわからないことは答えられない。
協力に応じるかも不明だ。そこまでキツネは彼女のことをよく理解していない。