三章【おわりがはじまる】(14)
「状況、ARスマートグラスもインカムも使用不可能!」
「こちらも同じだ。使えないものは捨てろ」
「イエッサー」
突然特殊部隊間の通信も不可能になった。たまたま神父と同行していた護衛以外は何もわからないはずだ。
「まさかそんな能力をそなえていたとはな。これでは目を塞がれたも同然だ。仕方がない。まずはあれから始末するとしよう」
ふたりはドローンを避けるために旅客エリアから船員区画に侵入して鋼板のドアを閉めた。
こうなっては圧倒的不利だ。外部との連絡手段まで断たれてしまった。
いつでも本船を沈められるよう追尾している潜水艦も判断をあぐねているに違いない。彼らは神父の命令にないことはできない。
状況をつかめている二人だけでやるしかない。
神父は、フルオートショットガンを、護衛がサブマシンガンを構えている。
「限りある贖罪を大切に使うように」
「イエッサー」
赤外線が使えないのは痛手だったが、構造が単純なL字ライトはとりあえず点灯した。
ふたりは迷いもなく目標めがけて機関室のキャットウォークを駆け抜ける。眼下で休みについている由希子にはまるで目もくれない。物事には正しい順序がある。
立入禁止区画のドアの蝶番をショットガンで破壊し、暗闇のなかで驚愕している船医をよそに被検体に照準を合わせて銃爪を弾いた。しかし、そこにあったパイプやケーブルがすかさず無数の散弾を防いだ。
さしもの神父も絶句した。
幼い少年の声が穏やかに言った。
「ぼくの領域ではあらゆる物質はぼくの味方だ」
「ならばよかろう。それでもわたしには肉体がある」
近くにいた助手研究員が問答無用とばかりに神父に向けて拳銃を撃つ。しかし、筋肉を貫通しなかった。顔面にも当たったが傷ができただけだった。
少年は無表情だ、そこにあるさまざまなものが次々と物理法則を無視して神父に襲いかかる。
隙をついた神父の護衛がナイフで刺しにいったが、全裸の少年を傷つけることはできなかった。
「だから言ったでしょ。無理だって」
ナイフを奪われた彼はすかさず、少年に軍隊格闘術の技をかけようとしたが、その直前、触手のように蠢くパイプが彼を貫いて全身を侵食し、絶命していた。
「きみらではぼくは倒せない」
そこに突如として、物静かな少女の声が降り注いだ。
「あなた、便利ね……」
声音からは想像もつかないほど不気味に語りかける。
「あなたは空間。わたしは時間。永遠に針が停止した時計。いいよ、お姉さんが閉じ込めてあげる。あなたがわたしのモノになるなら、わたしはあなたを許してあげる……」
「誰……?」
実の母親の手で脳の一部を処理された少年は感情のない声で返事した。
「わたしはあなた。あなたはわたし」
いつ出現したのか、全裸の少年を由希子が後ろから抱きしめていた。
小さな突起を、なまめかしい指先で刺激している。
年端もいかない少年が苦悶の表情を浮かべる。
「痛いよ、おねえさん、痛い、きもちちいいよぉ、おねえさん、ぼくとけちゃうよぉ」
まだ精通もしていない少年が勃起している。由希子はとてもうれしそうに、ゆるやかに、繊細に、ときに軽い力を加えて、それを上下にこすりあげている。いまにもそれは爆ぜそうになっている。
「わたしとひとつになって、もっとキモチのいいことを、しましょうね……」
「ヒカリ、そいつの言葉に耳を傾けてはダメ! おかあさんの言うことを聞きなさい!」
歪な愛情は、快楽にあえぐ少年に耳にはもう届いてはいなかった。
精通していないから、快楽はとめどない。
少年は由希子と舌を絡め合わせる。お互いの唾液を味わっている。すすり合っている。
契約が成立した。
「ごめんね、お母さん。僕はもう自由なんだ!」
ヒカリがうまれてはじめて自分の言葉を叫んだ。
夏希が口惜しそうに問いを投げかける。
「由希子さん、質問よろしいかしら……? あなたの正体は、精神のねじれから生じる特別な力ね? 自在に空間から消したり引き裂いたりすることができる。これで説明がつくわ」
「そんなの、わたしは知らなぁい」
理性の足枷を失った由希子は唾液を垂らしながらヒカリを性的に刺激し、来たときとまた同じように忽然と姿を消した。
船長命令で停止させたはずのボイラー及び蒸気タービン発電機が再始動し、本船の全機能が回復した。
これで本船機能のすべてが、由希子の支配下に陥落した。