三章【おわりがはじまる】(13)
船内立入禁止区画。ヴェータライズ実験被検体一号が虚ろな目をあけた。
ひとりの天才英国系インド人医師の冷凍精子からつくられた日印ハーフのため、わずかに中東系の肌色をしている。
「まだ完成してないから、何が起きても私は一切責任をとらない。フレシエッタ、覚悟はいいわね」
夏希は無表情だった。もとより情を大切にするような人物ではない。自分のやりたい仕事さえできていればいい。そんな女だ。
--やれと言った、二度繰り返すつもりはない--
「いいわ」
深見夏希は嬉々として子守唄を唄いながら作業を進める。カプセルが開放され、培養液が溢れ出した。二名の助手が次々と報告する
「ヴェータライズ被検体、覚醒しました!」
「覚醒率一五%……二〇、四五、八〇……一〇〇、成功です!」
「本船コントロールを完全掌握しました!」
有事に備えて積まれていた多目的ドローンが本船のあちこちから飛び立った。
「ヒカリ、あなたはいい子ね。お母さんは嬉しいわ。だってわたしがお腹をいためて大切に育ててきた」
前に向かって倒れかけたヒカリを、夏希が支えた。カプセル育ちの被検体はまったく運動をしていないから、自立する体力すらないのだ。
「お母さんの言いたいことがわかるのね。あなたに任せるわ」
夏希は聖母のように被検体を抱いて子守唄を唄い続ける。
「本船エンジン再始動を確認!」
機関士は何もしていない。これも人工異能の力だ。
電気的信号による空間支配能力。電気信号で動くありとあらゆる物質は、すべてがヒカリの意思でしか動かない。
いま、ヒカリが本船の頭脳となった。