三章【おわりがはじまる】(12)
急な電源供給停止には、悪の神父に率いられて教会を占拠する特殊部隊もさすがに遅れをとった。
しかし、これこそが神父が心待ちにしていた「予想外の展開」だった。
キツネと涼子なら電気がなくても困らないしそもそも寝ている。由希子もやはり休眠しており、状況とは無関係だ。
それぞれの立場が膠着を招いた。
教会の扉の前では二四時間、バリケードの後ろにフル武装した乗組員らが結集し、部隊が脱出を試みるのをいつでも待ち構えている。ステンドグラズが割れた天井から教会内を監視させており、エレベーターシャフトや通風孔に至るまで警戒している。
教会を占拠した敵・特殊部隊は携行可能なバッテリーしかないことから、充電が必要な装備の一部はすでに使用不可能になっている。
持久戦に持ち込むことで、本船の勝利はすでに確定していたといえよう。
それこそ神の奇跡でも起きない限り、やつらに打つ手などない。あるわけがない。
投降を許す気もない。テロリストは即刻射殺だ。
教会の門が開いた。緊張が走る。
「状況! 神父しか、いません!」
「どういうことだ!」
フレシエッタの問いに応じるように、全部隊が教会設備内部に殺到しようとした。
「待て、どんな罠があるかもわからん」
船長の停止命令に部隊が足をとめたまさにそのとき。背後から攻撃を受けた。
フレシエッタだけが無傷で硬直している。もう味方に無事な者などひとりもいない。
「考える頭がない組織など烏合の衆だ。船長を除き、全員始末しろ。人質はとるな、移動の足がにぶる」
「な、なんだと……?」
特殊部隊一三名が味方の一部とそっくり入れ替わっていた。監視から送られてきた映像はすべてダミーだった。顔写真つきの乗組員名簿さえ、改ざんされていたということだ。
いくら船長にとって船が家だといっても、千人の家族の顔と名前を覚えられるわけがない。
神父はまフレシエッタの前に立った。
「なぜ私だけを生かした……」
「説明する理由はない」
神父は酷薄な笑みを浮かべた。
フレシエッタは拳銃を抜いて神父の顔に向けた。
「わ、私はテロリストとは交渉しないぞ!」
ただの強がりだった。拳銃弾で殺せる気がまったくしない。
いや、この憎っくき男をここで射殺しても、もはや状況は終わらないだろう。
フレシエッタは訊いた。
「おまえには説明する理由がないのだろう。それでも聞かせてほしい。何が、目的だ……」
「神の敵の殲滅だ」
言葉だけを置き去りにして歩み去ってゆく神父を、振り向いて見る気力さえ、フレシエッタにはもうわかなかった。
ボロボロに破壊された教会の祭壇に向かって跪き、涙をこぼしながら祈りを捧げる。
「どうか、無力な子羊たちに、神のご慈悲を……どうか……」
神父があざ笑う声が聞こえた気がした。
神はどちらに微笑むのか。
まだ勝負を投げ出すわけにはいかない。
フレシエッタはインカムに向かって告げる。
「ドクター、聞こえているか」
--ずっと聞いてるわ。指示をどうぞ?--
「ヴェータラを使うぞ」
--いいの? あれはあなたの危険物よ?--
そこはかとなくうれしそうだ。女船医もまた悪魔の手下に違いない。
「許可する。私の予想にもないものを出すしかない」