三章【おわりがはじまる】(11)
機関室への侵入者は誰か。
よりにもよって最悪が、ほとんど真っ暗なボイラー近くで蠢く半透明の繭のなかで、膝を抱えて安らかな顔をして眠りについていた。
わずかに発光するその繭に近づいてよくみると、繊維のひとつひとつは細かい蜘蛛の糸のようでありながら、空気の動きによる影響を受けておらず、物質的な質量がないことがうかがえる。
近づいて観察することは可能でも、攻撃を試みた者は例外なく死亡したという。
この繭がガスさえも遮断しており、手の施しようもないという報告だった。
機関室は地下三階からファンネルの天辺まで突き抜けで、船内でも最大の空間である。
それが敵だとわかっていても手が出せない。「もし可能なら機関室ごと海洋投棄したいものですな」と、船内三役の最後のひとりである機関長が愚痴をこぼす。
しかし、まさか船を沈めるわけにもいくまい。
ヤヌスの表の顔が客船であるかぎり、非武装の船客を手にかけることなどできはしないのだ。
ヤヌスが無条件に始末していいのは、この少女及び正規のパッセンジャーではない特殊部隊残存一三名と、船長が処刑宣告を下した神父、それとあと二人の不法乗船者たちだけだ。
ヤヌスの目のほとんどが教会に立てこもっている特殊部隊を注視しているが、そちらはまだ動く気配がない。
船長は停船を指示し、機関長がボイラーと蒸気タービン発電機を停止させた。
あとはボイラーを電気的に再始動するための非常予備電源しかない。ここから先、船内は電気がないままで負傷者の手当を行わければならない。
全客室、売店、各施設のドアをすべて開放させた。電子キーや自動ドアは通電していなければロック解除もできなくなる。不便だが、それぐらいしかあぶり出す方法がない。
自然光が射さない船内の密閉空間は、完全な暗闇になる。