三章【おわりがはじまる】(10)
涼子とキツネは、例の潜伏先のタグボートで、先ほど捕まえたばかりのトビウオを食べていた。
新鮮だし、味つけも不要だ。刺し身の活造りよりもイキがいい。
用が足せないのは困るが、いざとなれば緊急災害時用の簡易トイレも用意してある。
「こんなだだっ広い大海原に法律なんてねぇよ。あっても『もし生きて帰れたら』のお話しだ」
ここまでいいように翻弄されて、相手はたった二人だったと……?
「……と、やつらは思うわけさ。古賀のジィさんが協力者だったとはまさか夢にも思うめぇ。二人でやってもできることなんかしれている。三人になれば一・五倍にでも三倍にでもなる。さらにうまくやればおれたちが軍隊だ」
情報はないが、相手の出方に合わせるだけだ。古賀老人の安否は不明だが、まだ生きていることを前提にキツネは語る。
二発もの原爆投下を食らってもまだ戦争をやめなかった生粋の戦士だ。そうやすやすとくたばるはずもない。
たった二人だからいくらでも静かに籠城できる備蓄がぬかりなく確保してある。いつでも仕掛けてきたらいい。
涼子も士気は十分だ。方法がないならないなりに試す。道具は考えない。
あらゆる道具はその魂を形状にこそ宿す。刀や銃がそうであるように。
まさかふたりが双子など姉妹などとは思わなかったが、キツネは勝手に納得した。
あの無慈悲な凶暴さは、誰にもそう真似できるものではない。
あれは仕事をするときの涼子の顔そのものだ。キツネはいまにも逃げ出したかった。
「どうせみんな死ぬ。自分の手で助けられない命なら、最初から見るな。みんな他人だ」
キツネはつぶやいた。
道具が考えるはずもなかったが、わずかな表情から彼女の悩みを見つけたキツネは涼子の頭をいささか乱雑になでた。
「涼子。戦いは数、これが基本だ。しかし、頭さえとればすぐ終わる。相手がたとえ二〇万の大軍勢でも頭さえとればすぐに終わるんだ」